Type & Media合格通知
5月 7th, 2010ファイナルアンサーを促すメールを4月半ばに受けただけで、書類の送付は4週間ほどかかると言われていたが、本日校長からのAcceptanceがメールで届く。ということはやっぱり今まではまだ正式な通知じゃなかったということだ…。コースの開始は9月の第2週からだそうです。今年のAtypI Dublinも9月第2週だったなぁ。
ファイナルアンサーを促すメールを4月半ばに受けただけで、書類の送付は4週間ほどかかると言われていたが、本日校長からのAcceptanceがメールで届く。ということはやっぱり今まではまだ正式な通知じゃなかったということだ…。コースの開始は9月の第2週からだそうです。今年のAtypI Dublinも9月第2週だったなぁ。
30代最後の一年が始まりました。ここで今後の予定をお知らせさせていただきます。2010年8月末をもってデザイナーを一旦休業します。そして9月から学生に戻ることになりました。入学する学校はオランダ、ハーグにある王立芸術アカデミー(Koninklijke Academie van Beeldende Kunsten Den Haag)、通称KABKのType & Mediaコースでタイプデザインを学べることになりました。半年以上も日本語ブログは怠けておりましたが、今後はしばらくKABK Type & Mediaコースへの入学までと、ハーグでの生活を中心にレポートすることができればいいなと思っています。
と言いつつ、内定の通知をメールで頂いたものの、書類もまだ届きませんし、本当に合格したのか分からないという状態です。海外での生活は経験なく、あまりの準備の多さにわずか3ヶ月少しでKABKに辿り着くことができるかどうかも自信がありません。もうすぐ期限が切れそうなパスポートの更新から始めるという有様です。いつかぷっつりと更新がされなくなったら、お察しください。
JR新宿駅10番ホーム午前9時00分。9時ちょうどの「あずさ9号」で甲府へ。登美の丘ワイナリーの100周年ロゴのデザインを担当した記念に100周年記念イベントツアーの一つへ申し込む。峠のトンネルを抜け甲府盆地にさしかかる電車。車窓に広がるブドウ畑。
イベントまでの時間に山梨県立美術館でミレーの常設展。昼食にほうとう。集合時間5分前に甲府駅に戻る。
ツアー専用シャトルバスに乗り約20分で登美の丘ワイナリーへ。狭い山道を抜けると古く趣のある白壁、静かな敷地。受付で100周年ロゴ発見。展示室前でも。サインにはサントリー書体。庄内醸造技師長の案内でいよいよ工場内へ。夕刻開始のため既に作業は終了、静かな工場内を見学。丁寧に手入れされ、清潔感が漂う構内。今は使われなくなったブランデー用の蒸留ポット。攪拌中の白。山肌をくりぬいて地下に作られたセラー。冷んやり。眠るワイン樽。壁一面にワイン瓶が納められている貯瓶庫。何万本?外に出たとたんメガネが曇る。
再びバスに乗り普段は立ち入れない農園を見学へ。スイッチバックの道。自然が豊かなブドウ畑。葉の緑から顔を出す濃紫のメルロー、緑鮮やかなシャルドネ。農園一の高台からのワイナリーの眺めが素晴らしい。夕暮れ、赤く染まりだす南アルプス。あいにく雲に隠れた富士山。ブドウ畑に降りて収穫間近のメルローを食べさせてもらう。甘い!ワイン用のブドウのおいしさに感動。
黄昏。瞬きだす甲府盆地の夜景。5種のワインと甲府特産食材によるトワイライトディナー。料理によって変わるワインの味。初めての経験。技師長の楽しいワイン解説。スタッフの胸にも100周年ロゴ。こんな素晴らしいワイナリーの100年という節目に仕事で関われたことは本当にうれしい。次の100年に乾杯。
左:後日サントリーさんより送っていただいた登美の丘ワイナリー100周年記念ボトル(非売品)右:登美の丘ワイナリーのことが詳しく書かれた『サントリークォータリー88号』
14時10分西武池袋線石神井公園駅北口。イギリスReading大学でタイプデザインを学び、ノンラテン課題として日本語に取り組んだ卒業生が来日するというので待ち合わせた。
京都市立芸大学の後輩でイギリスLondon College of Printing(現London College of Communication)の
Typo/Graphic Studiesに留学経験のある木村君へ、留学時代の友人から、Reading大学を卒業したÉmilieさんと知人のグラフィックデザイナーのXavierさんが日本に旅行に行くので、その際にÉmilieさんがデザインした和文について意見が欲しいと連絡があったそうで、木村君から一緒に見て欲しいとお誘いを受けた。折角なら和文フォントをデザインしているタイプデザイナーから直接話していただいた方が良いと思い、Type Projectへ訪問させていただくことにした。先日字游工房から独立されたヨコカクの岡澤さんにも参加いただいて、ちょっとした交流会になれば良いと企画した。
以前のトピックでも少し触れたが、実はÉmilieさんのことは、シアトルTypeConでお会いしたEbenさんからも聞いていて、日本語のデザインをしているクラスメイトがいて相談に乗って欲しいと聞いていた。その後連絡が無いなと思っていたが、日本に来るということを木村君から聞いて驚いた。Émilieさんの進捗が良く無く連絡できなかったそうだが、メールでのやりとりになるかと思っていたので、直接会って話ができたのはとてもうれしい。
いつも海外からゲストが来たときは初めはどうなることかと心配するが、文字の共通点があればすぐにその話で盛り上がる。Type Projectが起ち上げた都市フォント(cityfont.com)プロジェクトのことや、Driver’s Fontプロジェクトについて見てもらい、Émilieさんからはヨーロッパでの文字のトレンドやタイプデザイン界の状況、Reading大学のカリキュラムなどを聞いて文字についての情報交換をした。やっぱりこちらで感じることと実際にそこで暮らす人の感覚は違い、いろいろと面白い話を聞くことができた。
そしていよいよÉmilieさんが取り組んだ書体について話していただく。ÉmilieさんのColineという書体は、フランスでは一般的なポケットブックという大きさの書籍(新書サイズぐらい)の本文用として制作された。ポケットサイズに使われる書体にはバリエーションが無く、クオリティの低さに不満を持っていたようで、課題として取り組んだそうだ。
左:Émilieさん(左)が持参した見本帳を見ながらいろいろと質疑応答。右:だんだん熱が入ってくる。
文字一つ一つを大きく拡大するとラフな感じに見えるが、本文として組むとラフな印象が手書きのようなランダムさを演出するのにうまく働いて、レタースペースは心地よく柔らかな印象に見える。ストロークも大胆なせいか、小さいサイズでもわりとはっきりと見えた。フォントのファミリー構成も太さや字幅の直線的なファミリー構成だけでなく、目的に応じていろいろと選べる異なるスタイルを同じファミリーとしたことなど、コンセプトもしっかりと練られて制作されていた。
このフォントに合う和文(かな)に挑戦しているというÉmilieさん。まだキャラクタ全ては揃っていないが、現段階でできているデザインについていろいろと質問があった。かなは筆順から来る形状が漢字に比べて強く残っていることや、字幅のことなどを実際に書き込みながら解説してやりとりをする。
左:直接見本帳に書き込んで説明するÉmilieさん。右:最後に記念撮影。左からXavier Antinさん、Émilie Rigaudさん、木村さん、タイププロジェクト鈴木さん、タイププロジェクト両見さん、ヨコカク岡澤さん。
イメージを合わせるにはどうするかなどの質問もあったが、Colineはカーシブスタイルが強く残る書体でもあるし、かなも脈略をうまく使えばイメージを合わせやすいのではないかと思った。日本の書体で本文用としてこういうスタイルは無いし、整えていくデザインが多い中で、あえて、ラフな印象を残しているというのは新鮮なアイデアになりそうで興味深かった。引き続き残りのキャラクタなどを制作を続け、販売することを計画しているそうだ。
わずか3時間ほどの滞在だったが、楽しんでいただけたようでなによりだった。日本語に取り組む海外のタイプデザイナーと言えば、モリサワ賞でも受賞したJoachim Muller-Lance氏のことが浮かぶが、今後も日本語に取り組む海外のデザイナーも増えてくるかもしれない。ネイティブではない言語に取り組む難しさはとても良く理解できるし、日本にまで来て意見を聞こうとする姿勢に何より刺激を受けた。次はこちらがイギリスかÉmilieさんの母国フランスに行かせてもらおうかな。
Émilieさんが制作したColineの見本帳。PDF版がReading大学のタイプデザインコースのサイトよりダウンロードできます。
頂きに雪をたたえる鳥海山(ちょうかいざん)と麓に広がる田園風景。米どころ山形の写真から講演会は始まった。アカデミー賞で話題となった「おくりびと」の舞台にもなったそうだ。そんな美しい風景が広がりまだまだ自然が豊かな所で鳥海さんは育った。多摩美術大学在学中に訪問した毎日新聞社で書体を制作していた小塚昌彦さんに、「文字は日本人にとって水であり米であり」という言葉を聞いて文字を作る仕事に就こうと決めた鳥海さん。水と米が豊かな鳥海山の麓で育った鳥海さんにとって、この言葉はとても響いたのかもしれない。
左:会場となった東京・高田馬場にある日本点字図書館。右:大きなプロジェクターを使って説明する鳥海氏。60名以上の参加者が集まった。
第21回出版UD研究会は「書体の作り方・選び方」と題され、有限会社字游工房社長で書体設計士の鳥海修氏を講師に迎え、書籍や印刷物に使う書体を見分けたり、選ぶためのてがかりについて語るというもの。前半は日本の文字表記の特徴に始まり、中国、日本の4000年の文字の歴史を駆け足で巡って文字の成り立ちを学んだ後、「本文書体についてのややこしいはなし」として本文用書体の見分け方や、書体の選択方法についての解説がなされた。
明治以降、書物を通して自然に読ませ伝えて来た本文書体の存在は、文化の礎になっていると思うと語る鳥海さん。書体の中でも本文書体は一番重要なもので、なるべく長く使われる良いものを作っていきたいと話す。そして書体には品格があるときっぱりと言う。以前の講演会で写研の石井明朝で9割近い人が品格を感じるとしたことを例にとり、それだけの人が感じるということは品格があるということで、書体を作る際にはそう言うことも考えなければいけないと話した。最近発表が相次ぐUD書体についても、実際の使用例を紹介しながら、その書体がふさわしい場面かを使う側が考えることも重要で、UD書体だからといって踊らされること無く使って欲しいと思うと話された。
書体の見極め方となるポイントを、書体を比較しながら提示したというのは大きいと思う。漢字の画数の多少で現れる黒みの問題など、言われないと気がつかないようなことにも、字游工房でデザインされた書体は調整されていて、本文用書体ならではの細やかな配慮がなされたデザインとなっている。一見みんな同じように思える明朝体も、並べてみるとその違いはよくわかった。プロジェクターでの例示のように、本文用書体は大きな面積で組んでみることも重要で、市販されている総合見本帳の面積では気がつかないことも多いのではないかと感じた。
休憩を挟んでの後半は、つい先日発表になった鳥海さんがデザインをした株式会社キャップスオリジナル仮名書体プロジェクト「文麗(ぶんれい)」「蒼穹(そうきゅう)」についてと書体制作実演だった。
このプロジェクトはキャップス社より依頼を受け始まった。文麗仮名は文学書、とくに近代文学などを想定して作られ、蒼穹仮名は外国文学など翻訳書などに適するように、頻出するカタカナにこだわりを持って作った書体だそうだ。今までに無いようなやり方で作ったというこの書体は、制作にあたり夏目漱石の「こころ」を何十年ぶりかに読んでイメージを膨らませたそうで、一つ一つの文字を丁寧に読ませたいという思いが強くなり、思いやりを持ったデザインをしたいと取り組んだそうだ。
まず2cmの大きさに鉛筆で骨格を描き、筆の動きをイメージしながら筆で一発で下図を制作した。筆で一発で描いたことで、鉛筆による下書きでは出しにくい、ひらがな特有の筆の動きがうまく得られたようだ。
左:20mmの大きさに描かれた下図。右:その後48mmに拡大して修正された下図。これをスキャンしてデジタル化する。
文字の下図を書いている時は「自分は天才かと思った。」「こんな『か』は俺しか描けない。」と思うほど、どんどんとうまく書けていたのに、いざデジタルに落とし込んで組んでみると「だめなんですよねぇ」とがっかりしたという。組みながら修正を繰り返し8回目の試作でようやく形がまとまってきたそうで、最終的には13回もの修正を繰り返えして完成させたらしい。自分ではとてもうまく書けたと思った「か」は、最終形では一番初期のものから変わってしまったそうで、「あまりに筆で描いたもののようにリアルすぎた」ことが「活字として見た時の感じが出てない」ということだった。このあたりが、活字としてのデザインのキモなのかもしれないと思えた。
そして最後にいよいよ今回制作された文麗仮名の下図に墨入れ作業を実演して下さった。
文字の墨入れ実演。事前に用意しておいた鉛筆の下書きに、小さな溝引き定規と筆で墨入れしていく。直線がほとんどない仮名では、描く場所が常に正面に来るように、紙を送るようにクルクルと回しながら少しづつ描いていく。これは写研でのスタイルだそうで、鳥海さんは逆に直線を溝引きするのが難しいそうだ。ちなみに筆は金華堂品印で「皆さんのお給料ではちょっと買えない…。800円くらいかな(笑)」だそうで「溝引きは鳥海さんの授業を受ける学生はもらえる」らしい。欲しい!
左:溝引き。曲線しかない仮名を見事に5〜6分ほどで描く。描く最中も参加者からの質問に答えながら作業していて、「(林家)正楽さんの紙切りみたいに寄席でお題をもらって文字を書いてみようかな」だって。右:外形線を描いた後、中を塗りつぶして行く。映像を撮影したが、手ぶれが激しく、お見せできるものにならなかった。残念。字游工房社サイトにきれいに撮影された動画がアップされています。
前後半併せて2時間半ビッチリとメッセージの詰まった講演会だった。作り手としてのデザインの取り組み方を聞くことができたのと同時に、使い手の目の重要性も気づかされる話がたくさんあった。カタチだけにとらわれやすい書体選びも、字間や大きさなども大きな要素で、使い方一つで見やすくもなり見づらくもなる。UD書体を使えば自然と見やすくなるのではなく、常に見極める力が大切だなと感じた講演会だった。
左上:キャップス オリジナル仮名書体見本帳表紙。表紙デザインは平野甲賀氏。右上:文麗仮名。下図段階であった「あ」上部の筆脈は最終段階ではなくなっている。左下:文麗。右下:蒼穹。いずれも漢字は文字セットの関係から筑紫明朝Lと組合わせることを想定されている。
早速帰りに「おくりびと」をレンタルして見てみた。講演で紹介されていたように雪をたたえた美しい鳥海山と麓に広がる水田で餌を探す白鳥。故郷に戻った主人公とともに東京から越して来た妻が「お水が違うせいか、ご飯もおいしく炊ける」と言う。おいしい水とおいしい米。そして美しい風景。ここで育った鳥海さんは、このおいしい米や美しい風景に接してたことが、あの表情豊かに映る文字を生み出すことに影響しているのだろうか。今度お会いしたら伺ってみたい。
鳥海氏関連記事:洛北文字講義
字游工房関連記事:文字モジトークショー01「片岡朗×岡澤慶秀」
前の投稿でカリグラフィーとパッケージデザインの関わりを模索していると書いたが、全く行われていないのではなく、既にたくさんのデザインは出ている。カリグラフィーというよりも、少し範囲を広げて手書き風の文字と言った方が良いかもしれないが、ここ最近、そういった文字の扱い方が目立つようになって来た。これだけたくさんフォントがあっても、イメージに近いフォントを探すよりも作ってしまった方が早いかもしれない。
ある種のユルさを演出することで親しみやすさを狙いたい時は、例えばメモ書きのように書いて、遊びを感じさせることもできるし、逆に勢いのある力強いストロークで、キレとインパクトがある表情を演出することもできる。フォントでもできないわけではないが、同じキャラクタが繰り返してしまうフォントをそのまま使うと、ロゴとしては単調な表情になってしまいかねない。うまく使い分けることで、奥行きのあるデザインを生み出すことができるように思う。
最近集めていたものからピックアップしたパッケージデザイン。割と飲料系によく見られる手書き風の文字。中にはカリグラフィーのように見えて実はフォントなものもあるし、文字のデザインとしてはどうなのかと思ってしまうものもあるが、商品ロゴとしてでなくフレーバー表示やグレード表示にワンポイントで使って、少しリッチなイメージを演出したり、シズル感を強調したりすることに貢献していると思う。
カリグラフィックな文字をロゴに使いたくても、誰に頼めば良いのか分からないということもよく聞く。最近はカリグラフィックなロゴのリクエストも多い。実は潜在的な要望は高いのではないかと思う。先日のレターアーツ展などを見ると、あれだけたくさんのカリグラファーがいるのだから、何かうまく接点を持つことができないだろうかと考えてしまう。アートとデザインの折り合いをどのようにつけるかとか現実問題はいろいろとありますが、文字の活躍できる舞台が少しでも広がれば良いなと思っております。
16時45分。みなとみらい線馬車道駅。ジャパン・レターアーツ・フォーラム(J-LAF)主催の「日本・ベルギーレターアーツ展 Line and Spirit」を見に横浜のBankART Studio NYKに向かう。展覧会の案内はかなり前から頂いており、公募形式で作品が募集され、そこに日本人招待作家とベルギーアーティスト13名を加えて展示するという趣向にもとても興味があった。
会場に入ってまず驚いたのが展示会場の大きさ。てっきり一般的なギャラリースペースを思い浮かべていたが、美術館の一室ぐらいはある大きな空間だ。作品数も多く大きな作品もたくさんあったが、広い空間にゆったりと並べられ、迫力のある会場になっていた。
案内をカリグラファーから頂いていたので少し勘違いしていたが、この展覧会はカリグラフィーだけの展覧会ではなく、レターアートの展覧会になっている。コンテンポラリーなカリグラフィーを中心にしながらも、欧文だけでなく和文もあり、書道やレターカッティング、タイポグラフィ、フォントと、文字をテーマに多様な表現方法でアートの領域まで発展させた作品展だ。文字を一つ一つ紡ぎ上げるように繊細に書かれたものもあれば、勢いのある奔放な書風でテクスチャと文字が同化した抽象絵画のような作品まで、いろいろなスタイルの作品を楽しむことができ、それぞれの作品が放つ力にとても強い印象を受けた。国内外問わずこれほどの規模で文字をテーマにしたアート作品が集められた展覧会を見るのは初めてだ。
会場を一通り見終えた後、J-LAF代表の三戸(さんど)さんにお話を伺った。三戸さんはカリグラファーとして活躍しながら教室を運営し指導にも積極的に取り組まれている。今回この展覧会を開催するに至った経緯や、日本でのカリグラフィーの普及やレターアートという芸術にまで発展させ発信するJ-LAFの活動についてお伺いした。日本ではカリグラフィーと言うとまだまだお稽古ごととして捉えられたり、結婚式のウエルカムボードなどが連想されてしまうことが多いそうだが、決してそこにとどまるのではなく、カリグラフィーの表現力の幅広さやアートとしての可能性をもっと広く深く知ってもらいたいという思いが、J-LAFという団体の設立につながったそうだ。
三戸さんをはじめJ-LAFに参加している作家の中には、海外で活躍するカリグラファーを日本に招いてワークショップを開催したり、海外のワークショップにも出かけ交流を持っている方が多いことは知っていた。この展覧会も、もともとベルギーで開催された日本人作家によるカリグラフィー展が現地で好評だったことがきっかけになったそうで、公募形式という企画も加え、より発展した交流展として開催されたとのこと。海外との交流については、海外のカリグラファーからは学ぶことが多いそうだが、日本のカリグラフィー作品も海外では評価が高くなってきているそうで、独特のセンスや書道を取り入れたような作風が海外作家の刺激になっているそうだ。それを証明するように、今回の入選作家の中には多くの素晴らしいカリグラファーが存在し、海外でもプロとして活躍する方までいるそうで、層の厚い作家がいることを知ることができた。
オープニングパーティーにはたくさんの来場者があり、関心の高さがうかがえた。
グランプリ受賞者の橋口さんや入選者の白谷さん、深谷さんにもそれぞれ作品についてお話をお伺いした。グランプリ作品は童話作家のOscar Wildeの「The Nightingale and the Rose」を透明感のあるイタリックと挿絵で本にまとめられた作品。思わず息をのむような美しい作品で、やさしくて余白が美しい静的な印象の紙面だが、全ページに渡って綴られた一貫したスタイルは、芯が通っていて力強い印象を受けた。白谷さんはシェークスピアの言葉を題材にした躍動感あふれるカリグラフィーで、筆で描いたとは思えない線の流れが力強く、感情が真正面にぶつけられたような緊張感を感じた。深谷さんは、オルフェウスの悲劇を題材にしつつも重たいイメージにならないように心がけたそうで、誠実さと気品さがただようシンプルな構成によって、物語のはかなさを感じる素敵な作品だった。
皆さん作品の制作についてだけでなくテーマ内容の解説もしてくださり、内容あっての書体の選択とレイアウトであり、アートと聞くと感情の趣くままなのかと言えば決してそうではなく、デザインに近いアプローチのように思えた。お三方ともイギリスで研鑽を積まれ、橋口さんは現在もイギリスで、白谷さんと深谷さんは帰国しカリグラファーとして活動している。そして世代的にもほぼ同じで、同世代のカリグラファーがたくさんいるということはとてもうらやましい。
その他うれしかったのが海外招待作家の中にElmo Van Slingerland氏の作品を見つけたこと。氏はタイプデザイナーとしても活躍しており、Dutch Type Libraryから、DTL Dorianという書体を出している。海外で買ったカリグラフィーの作品集で偶然見つけ、氏がカリグラファーでもあったことを知った時はとても驚いた。DTL Dorianとはまったく違う奔放な書風と、勢いを出しながらも品のある作品がとても印象に残っていた。出展作品のうち、背筋の通り堂々としたローマンキャピタルにコンテンポラリーなスタイルを組み合わせた作品は、タイプデザイナーらしいというか、Dorianのデザインに通じるようなしっかりとしたプロポーションと線で書かれている。その横には同じ作家とは思えないような奔放な書風のものもあり、幅広い表現力を見ることができた。
左:左壁面に並ぶSlingerland氏の作品。三戸氏によるとSlingerland氏は間際まで作品が送られて来なかったそうだが、結局計10点も送ってくれたそうで、そのうちの6点を展示したとのこと。 Slingerland氏の作品は人気が高いそうだが、最近はデザイナーとしての活動が多く、カリグラファーとしての活動が以前よりも減ったそうで、これだけたくさんの作品が一度に見られることは滅多に無いそうだ。右:右壁面奥2点もSlingerland氏の作品。
日本のコンテンポラリーカリグラフィー、レターアートとしての活動を知ったのはここ数年のことだが、一つ一つの活動が次につながり徐々に大きくなっていることが分かり、しっかりと形を残しながら発展していると感じる。非営利団体として運営するご苦労もあるそうだが、これまでの地道な活動が実を結び、今回の展覧会によってレターアートの認知度がさらに高まるのではないかと思う。
普段パッケージデザインの仕事をする上で、カリグラフィーが活躍できる機会ををいつもうかがっている。商品によってはカリグラフィックなロゴは、フォントには出せないシズル感や品質感を演出できることがあり、クライアントの期待も大きいと感じるようになっている。パッケージデザイナーにも日本にもこれだけ多くのカリグラファーがいることを知っていただき、新たなつながりが生まれてカリグラフィーがデザイン分野でも活躍できるようになることも期待したい。
会期は2009年7月14日まで。お見逃しなく。
左:展覧会リーフレットとDM。Line and SpiritのカリグラフィーはYves Leterm氏。右:展覧会の図録。題字はグランプリ受賞者の橋口恵美子氏。
14時32分丸ノ内線銀座駅。ダイヤモンドが落ちていないかと下を見ながらMOUBUSSINのポスター群を抜け、久しぶりに伊東屋に向かう。伊東屋での「ニューヨークタイプディレクターズクラブ展」は毎年恒例らしいが、見に来たのは今回が初めてだ。いつも気になるタイプフェイス部門はWeb上で確認していただけだったが、会期中に近くに来ることができたので立ち寄った。
左:会場となった銀座伊東屋本店。右:展覧会のDMと第55回ニューヨークタイプディレクターズクラブ展を特集した日本タイポグラフィ協会発行の「Typographics ti:」誌256号。
入選作品には、Alejandro Paul氏のカジュアルでありながら品のあるスクリプトAdios Scriptや、スリットのような大胆なカウンターが特徴のOndrej Jób氏のKilimax Boldといったユニークな書体に加え、幅広いキャラクタを備えたMark Jamra氏のExpo SerifやLinotype Libraryから発売されているAlex Rütten氏のGinkgoなどの本文用書体がリストアップされた。
ハワイ出身のBerton Hasebe氏をはじめ、オランダ王立美術アカデミー(Koninklijke Academie van Beeldende Kunsten Den Haag | KABK)TypeMediaコース出身の入選者が3人と、Reading大学出身のDan Raynolds氏など若い世代が多く入選している。ここ数年これらタイプデザインコース出身のデザイナーが、在学中に制作した書体の入選が相次いでいる。どちらのコースにも錚々たるタイプデザイナーが講師陣として名を連ね、それぞれ特徴を持ったカリキュラムが組まれている。年に一度は両校で交流もはかられているようだ。KABKではコース開始後にいきなりPythonのプログラミングの授業から始まるそうで、これはおそらくコースを率いるErik van Blokland氏やTal Leming氏など、タイプデザイナーでありながらスクリプトやツール制作も積極的にこなす講師陣の影響が大きいからかもしれない。今年KABKで行われたRobothon09でも、ここを出身した多くのタイプデザイナーが、Robofab、.ufoフォーマットベースのタイプツールなどを紹介し、プログラムとタイプデザインの関係を強く意識したクラスならではの人材を輩出していることが分かる。一方のReading大学も同様のカリキュラムはあるようだが、KABKではより深くツールを取り入れた授業をしているようだ。とても興味がわいている。
Readingのクラスは、TDC DAYのトピックでも触れたように、多言語の書体制作が特徴となっている。入選したDan Raynolds氏はLinotype社に属し書体を発表した後、Readingのコースに入り今回の受賞作を制作している。
今回入賞した書体のPDF見本帳をプリントしたもの。各デザイナーのサイトや販売ファウンドリーから入手できる。
同じ会場内で「2009日本タイポグラフィ年鑑受賞作品展」も開催されていた。大賞に選ばれたサントリーコーヒーザ・エスプレッソ「ボスの休日」は、BOSSのパイプは既にアイコンとなっていて、それがあるだけで製品に人格が備わっている感じがするおもしろいパッケージになっていた。
13時45分JR上野駅。しとしと降る雨の中を国立博物館へ向かう。最近忙しくまたすっかり忘れていて、先日行った資生堂・サントリー展の帰りに気がついた『国宝 阿修羅展』。調べると会期は明後日までに迫り、慌てて今日に設定した。待ち時間も覚悟したとはいえ、行列は正門に迫り120分との掲示。行列のできる店には絶対行かない主義だが、最近の忙しさの反動で、待つという時間の無駄遣いもしてみたくなったので最後尾についた。ゆっくり降る雨は嫌いでなく、庭園の木々を見ながら自宅の庭の木と比べたりして時間をつぶすのも悪くは無い。
右:雨が降った方が人が少ないんじゃないかという考えは浅はか。傘で余計に身動きがとりにくく時間がかかる。後で知ったが、もうこの時点で日本美術の最高入場者数を更新していたらしい。
玉や金などの鎮壇具が展示された第一章に始まり、第二章では阿弥陀三尊像が素晴らしく、柔らかく上昇感のある曲線で表現された蓮の文様と、波打つ水をリズム感のある曲線で様式化された表現の蓮池が美しい。その奥には4体の龍が絡み合い、見事なシンメトリーのシルエットを作る「華原磬:かげんけい」を見て、八部衆、十大弟子の並ぶ大空間に移った。
十大弟子の微妙な表情の違いも面白いが、やはりそれぞれの様相に個性のある八部衆がおもしろい。幼顔で眉をひそめ、頭に蛇を載せた「沙羯羅:さから」は愛らしいく、顔が鳥になっている「迦楼羅:かるら」は、今にもくちばし横の肉垂れを揺らしながら首を振りそうだ。頭に象を載せやや上目遣いの「五部浄:ごぶじょう」は、胴体以下はほとんど欠損しているが、わずかに残った腕を見ながらどのようについていたかを想像するのも面白い。興福寺国宝館で狭いガラスケースに一列に並べられた様子とは全く違い、広い空間にそれぞれの専用の台が設けられ、柔らかい光線に包まれて、鎧に施された細かい文様まできれいに浮かび上がっている。大きな舞台に立っているせいか、どこか誇らしげにも見え、陳列される場所でこうも表情が変わるものかと思った。
そしていよいよ、八部衆の中の一体でありながら見事主役に抜擢された阿修羅像の展示室に移る。室内へ続く通路にまで係員の声が響き異様な空気が感じられたが、入って室内の混雑ぶりに驚いた。国宝仏像が展示される場合、像の向かいにデッキが設営されることが多いが、そこから見下ろすと、阿修羅像の周囲にもぎっしりと人が集まって、身動きが取れない状態になっている。押し合いへし合いしている人の中央に立たされている阿修羅像はあきらかに困惑気味だ。いや左の阿修羅は少し怒っている。右側は冷静を保とうとしているのか涼しい顔に見えるが、少し危険な状態にさえなりつつある展示台周辺の押すな押すなの状況に、絶妙なバランスで姿勢をとり続ける阿修羅像が滑稽に見えた。まさか自分が上野まで連れてこられてパンダになろうとは思っていなかっただろう。阿修羅だけは国宝館の静けさに早く戻りたいのかもしれない。
覚悟を決めてデッキを降りて阿修羅像の背後に回るが、祭りのようにもみくちゃにされながらの鑑賞は初めてだった。一体この人気は何なのだろう。三面六臂という異様な容姿でありながら、端正な顔つきに憂いの表情。華奢で現代でも通用しそうな草食系美少年が三人も揃っているのが魅力なのだろうか。細かい文様を見る間もなく、気になっていた後ろ二つの頭のつながり方だけ「ははーん」と思えるのがやっとで、押し出されるように展示室を出る。
興福寺には何度も行ったことがある。というより奈良公園付近での寺社見学の後は必ず興福寺に辿り着くので、ライトアップされた五重塔を見ると一日が終わった気がする場所だ。興福寺の仏像は南円堂、北円堂を含めほとんど見たことがあり、阿修羅像も国宝館に常設されているのを見た。今回の展示よりはるかに近寄って見られるものの、国宝館はその名にふさわしいとは思えない設備で薄暗く、ガラスケースに所狭しと仏像が並べられていて資料館の趣に近い。この展覧会では東京国立博物館お得意の美しいライティングに加え、設営方法も博物館ならではの工夫がされていて、仏像ファンにはたまらない背面鑑賞もできたのがよかったが、人の多さだけは何とかならないものか。早めの来館を心がけるしか無いか。
時々登場する文字に全く関係ない日本美術のトピック、いずれ別コーナーにまとめます。無理やり盛り込むのもなんですが、今回の展示キャプションにはタイトルにAXIS Font Basicが使われていた。花鳥文様など有機的なフォルムが特色な日本美術に、あえて明朝体ではなく無機質さのあるゴシック系書体を使うというのも、端正な顔立ちの阿修羅像を主役にした展覧会には合っているかもしれないと思った。
左:阿修羅像をはじめ、興福寺の仏像について特集された芸術新潮2009年3月号。右:展覧会の図録とポストカード。
13時46分上野公園。雨の降り出しそうな中、東京芸大へ資生堂・サントリーの商品デザイン展、トークショーに向かう。
30分前には入ったのに大きめの講堂は既に満席となっていて、やむなく通路で立つことにした。東京芸大での開催とあって学生が多かったのかもしれないが、資生堂、サントリーが語る商品デザインというものが注目されていることがうかがえた。
この展覧会の発端の紹介から始まったトークショーは、両社の熱い思いが込められた充実した内容のもので、展覧会の経緯やデザインに対する取り組み、なかなか知ることができないインハウスデザイナーの実態や組織構成まで紹介され、予定された1時間半を遥かに超えて2時間以上にも及んだ。展覧会の準備は既に一年以上前から始まったそうで、展覧会のタイトル一つをとっても、どちらの社名が先か、パッケージデザインではなく商品デザインとした理由も紹介され、企画の全てにわたって綿密に議論されたそうだ。両社内の稟議の様子や、両者の思惑、展示商品の選定など、お互いが相手の出方をうかがいながらも、思わず笑ってしまう意地の張り合いのような話も飛び出し、企画の最中から熱い火花が散らされていたことが分かった。展覧会のタイトルには「vs.」という文字こそ書かれていないが、まさに「対決」と言っても良いような、異業態でありながらデザインに対する取り組みにおいてはライバル企業として互いに意識していることが感じられた。
もうひとつおもしろかったことは、関西と関東のぶつかり合いとも思えたこと。サントリーからは、関西出身の企業、商人であるという自負がうかがえ、「やってみなはれ」に代表されるように、関西弁の中に含まれる絶妙なニュアンスが会社の核となっているようにも感じられる。サントリーデザイン部長加藤氏が商品づくりの要素として話すように、おもしろさではなく「おもろさ」が活き活きと商品にデザインとして落とし込まれているし、このトークショーでさえ、エピソードそれぞれに何か一つ笑いを持ってこなければ気が済まないような「質:たち」「サービス精神」が会社の活力となっているようにも思えた。
一方資生堂は東京・銀座が発祥という品格やプライドのようなものが感じられ、そういった社風や精神が洗練された美意識やデザインに現れているように思えた。逆に言えば資生堂のその姿勢が、今の銀座のありようを作ったとも考えることができる。展示では、資生堂、サントリーが交互に並べられ、一見どちらのものか分からないほどデザインの共通項を感じるものもあるが、実は根底には異なる精神、社風が流れていて、そこには関西、関東というよりそれぞれの発祥の地、大阪、銀座が凝縮されているのかもしれない。
両社が違った気質を見せる中で、一つ大きな共通項と言えば、どちらの企業も西洋文化を日本に取り込み、生活に定着させ、文化にまで発展させ、さらにデザインにおいては「日本:JAPAN」を世界に発信している企業だと思うこと。デザインでのライバル意識がパッケージデザインにおいても日本を代表する企業にまでになった要因なのではないかと思う。
奇しくもどちらの企業も、書体についてもこだわりを持つ企業である。資生堂は資生堂書体を、サントリーはコーポレートフォントを持つ。資生堂は、パッケージに広告にと資生堂書体を用いて、ブランドイメージの構築に活用しているし、サントリーはコーポレートフォントがブランドツールとして会社外だけでなく会社内の意思統一や連携に貢献していると聞く。今回は商品デザインという切り口で行われた展覧会だったが、きっと両社とも「文字・ロゴ・書体」という切り口でもとても魅力的な発表ができる企業なのではないかと思う。
左:東京芸術大学美術館陳列館前。 右:展覧会リーフレット(裏面)と図録。誰が関わったかを明確にするためにデザイナーをクレジットした資生堂と、サントリーという企業を見てもらいたいということでクレジットしなかったサントリー。ここでも企業の姿勢が分かれる。10年ほど前にロゴでサントリー社に関わらせてもらったものが掲載されていた。長い歴史の中に一つでも関わることができたものがあるのはうれしい。