Archive for 9月, 2008

お邪魔します。秀英体展示室

金曜日, 9月 12th, 2008

15時52分JR五反田駅西口。うっかり乗り過ごし、待ち合わせに遅れてしまった。おまけに地図も忘れてしまう。待ち合わせた方が持って来てくれた地図を片手に焦りながら向かうと、すぐにDNPと大きく書かれたビルが遠くに見えてきた。

大日本印刷秀英体開発室の伊藤さん、佐々木さんに、秀英体展示室を特別に案内していただく機会を得て、和文タイプデザイナーの竹下さん小澤さんとともにDNP五反田ビルにお伺いした。以前、市谷工場を見学させていただいたことはあるが、五反田ビルにお邪魔するのは初めてである。

受付ロビーから長いエスカレーターで吹き抜けを上がっていくと、左手に白が印象的な秀英体展示室がある。失礼ながら市谷工場とは趣が違い、ここはショールームそのものだ。手前のコーナーでは金属活字の組版をはじめ、過去から現在までの秀英体の貴重な使用例などが紹介され、奥の部屋では実際に秀英体の制作に用いられた原図や母型、特殊な金属活字などが展示されている。展示方法にも趣向が凝らされていておもしろい。

最初のブースでは金属活字、写植、デジタルと三世代にわたる秀英体を見ながら、展示内容を一つ一つ丁寧に説明していただいた。金属活字から写植へのデザイン変遷などは、解説が無いと気づかないこともたくさんあり興味が深まった。同行していただいたお二方からの専門的な質問にも丁寧に回答していただいて、やり取りを聞いているだけでとても楽しい。

展示の中には、秀英体の仮名の変遷を時系列にまとめたアーカイブがあり、それぞれのキャラクタごとに検索することもできた。例えば「い」などは、時代によって全く別の書体とも思える程の違いがあるように思えたが、伊藤さん曰く、形は違っていても文字の傾きや全体の持っているコンセプトは一貫していて、秀英体らしさは常に変わっていないのだそうだ。

そんな話をしながらも、現在進行中の書体改刻作業をするなかで、金属活字時代のものをなかなか超えられない、言葉でも説明できないものもあるという。金属活字特有の印刷の揺らぎによるものではないのかと尋ねても、決してそれだけではないそうだ。それは、単なる改刻にとどまらず、秀英体を受け継ぎながらも超えようとする挑戦からくる言葉のようにも聞こえた。金属活字、写植、デジタルと方式も異なり、媒体も紙からディスプレイへと移るなかで、どうしても削ぎ落とされてしまう部分も出てくるのではないかと思う。それでも、その時代の要求に応え常に超えようとする姿勢と、また新たなものを加わえていく柔軟さとが、100年以上も受け継がれてきた秘訣なのではないかと思えた。

最初のブースだけで2時間は話せると笑いながら言っていた伊藤さん。決して冗談でもないようで、見学者側の掘り下げが深かったこともあわさり、結局最後は閉館時間いっぱいまでになってしまった。きっとまだまだ、少々の時間では語り尽くせない内容があったにちがいない。

展示室見学終了後も、引き続き現在改刻中の秀英体についてのお話を伺った。多くの秀英体ファンがもつイメージを損ねること無く、新しい平成の秀英体を生み出す作業がいかに大変なことであるかが、いくつも重ねたバージョンの資料からも伺えた。今回一番楽しみにしていた和欧の混植見本も見せていただき、さまざまなバージョンが作られて和文と欧文のマッチングの検討が行われていた。予定されているファミリーは新書体も含め優に10を超えるそうで、平成の大改刻と銘打つにふさわしい一大事業になっている。

△左:探せば見つかる秀英体。パッケージにも用いられている秀英初号明朝使用例を教えていただいた。脈絡がしっかりと付いたかなは意外と少なく、和の演出やシズル感を増したいパッケージにも重宝しそうだ。右:平成の大改刻を案内するリーフレット。かわいいキャラクタ「活じい」と「トンボちゃん」が案内してくれる。

3年前に市谷工場で金属活字や母型、ベントン彫刻機のテンプレートなどを見せていただく機会があった。役目を終え今は使われることが無くなった各作業室は、作業時の状況がほとんど残されていた。今にも職人さんが戻ってきそうなのにもかかわらず、時間は止まってしまったような不思議な感じがした。しかし今回秀英体展示室を見せていただいて、秀英体は決してその時に止まってしまっていたのではなく、開発の場所を五反田に変えて更なる進化をしていたことがわかった。

この見学で、これまであまり馴染みが無かった秀英体にぐっと近づけた気がした。脈絡の強く残った仮名はとても新鮮だし、堂々とした初号の漢字など、他の書体には無い魅力もたくさん詰まっている。現在デジタルとして発売されている多くの書体も、ルーツをたどれば秀英体に行き着くものも多いそうで、秀英体の発売はいよいよ待ちに待った真打の登場というところなのかもしれない。「待ってました!」と言える日を心待ちにしている。

△:Adobe-Japan1-5のキャラクタが一覧できる秀英体細明朝のポスター。佐々木さんのオススメはトイレに貼って毎日眺めることができるようにしておくことだそうだ。Adobe-Japan4、5あたりのなじみの少ないキャラクタも一発で把握できる。(このポスターは先の講演会に参加したおりに、くじ引きでポスターを当てた方からいただいたものです。J社のIさんありがとう!)

オススメ:
文字は語る—デザインの前に耳を傾けるべきこと』株式会社ワークスコーポレーション

「作り手は考える」に大日本印刷秀英体開発室があります。

孫明遠氏講演会

金曜日, 9月 5th, 2008

「こんなにたくさん楷書体というのはあるもんなんか。」次々とスライドに映る楷書体はどれも姿勢が美しく、中国の楷書体に対する執着と歴史を感じることができた。

20世紀前半期、中国人による「倣宋体・楷書体」の開発と「明朝体」の受容』という講演を聴きにいった。韓国同様お隣の国である中国の書体事情もなかなか知る機会が無く、こういう講演を通して少しでも事情をつかめればと思い参加した。

徹底した研究が行われたようで、豊富な資料とともに日本との関係も含めながら解説が行われたが、半世紀を約2時間で振り返り全て憶えきることも難しく、内容を把握するには同時に配布された資料での復習が必要になった。貴重な講演だったにも関わらず、一番強く残った印象が冒頭の感想だったというのはお恥ずかしい限りだが、繰り出されるスライドの書体一つ一つに個性があって、柔らかい印象のものから端正で凛々しいものまであり見とれてしまった。

一方で中華人民共和国時代に入ってから急に質が変わったこともおもしろい。時代の変化がデザインにもたらす影響は大きかったのかなとも感じたが、書体の変化は制作上の制約や印刷媒体への適応によるところが大きいことも多く、想像だけで思い込まないようにしておこうと思う。最新の中国書体デザインも興味深く、とにかく文字に関しては歴史の深い国だから、今回見ることができた楷書体の素養を背景にして、伝統的な書体をはじめ今後の新しい展開も期待させる。

またもうひとつ興味深かったのは、長体、扁体といった正方形ではない書体も多く作られていて、当たり前に使われていたことが伺えたこと。孫氏が最後に紹介した言葉「温故知新」を違う角度から自分に響かせて、これからのことを想像してみるのが面白かった。

△:講演会の案内と当日配布された資料。

講演関連記事:アイデア327 [論文]中国におけるグラフィックデザインとタイポグラフィの歴史的発展に関する研究 1805-1949 文:孫明遠

朗文堂News09 September 2008