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日本・ベルギー レターアーツ展 Line and Spirit

木曜日, 7月 2nd, 2009

16時45分。みなとみらい線馬車道駅。ジャパン・レターアーツ・フォーラム(J-LAF)主催の「日本・ベルギーレターアーツ展 Line and Spirit」を見に横浜のBankART Studio NYKに向かう。展覧会の案内はかなり前から頂いており、公募形式で作品が募集され、そこに日本人招待作家とベルギーアーティスト13名を加えて展示するという趣向にもとても興味があった。

会場に入ってまず驚いたのが展示会場の大きさ。てっきり一般的なギャラリースペースを思い浮かべていたが、美術館の一室ぐらいはある大きな空間だ。作品数も多く大きな作品もたくさんあったが、広い空間にゆったりと並べられ、迫力のある会場になっていた。

案内をカリグラファーから頂いていたので少し勘違いしていたが、この展覧会はカリグラフィーだけの展覧会ではなく、レターアートの展覧会になっている。コンテンポラリーなカリグラフィーを中心にしながらも、欧文だけでなく和文もあり、書道やレターカッティング、タイポグラフィ、フォントと、文字をテーマに多様な表現方法でアートの領域まで発展させた作品展だ。文字を一つ一つ紡ぎ上げるように繊細に書かれたものもあれば、勢いのある奔放な書風でテクスチャと文字が同化した抽象絵画のような作品まで、いろいろなスタイルの作品を楽しむことができ、それぞれの作品が放つ力にとても強い印象を受けた。国内外問わずこれほどの規模で文字をテーマにしたアート作品が集められた展覧会を見るのは初めてだ。


会場を一通り見終えた後、J-LAF代表の三戸(さんど)さんにお話を伺った。三戸さんはカリグラファーとして活躍しながら教室を運営し指導にも積極的に取り組まれている。今回この展覧会を開催するに至った経緯や、日本でのカリグラフィーの普及やレターアートという芸術にまで発展させ発信するJ-LAFの活動についてお伺いした。日本ではカリグラフィーと言うとまだまだお稽古ごととして捉えられたり、結婚式のウエルカムボードなどが連想されてしまうことが多いそうだが、決してそこにとどまるのではなく、カリグラフィーの表現力の幅広さやアートとしての可能性をもっと広く深く知ってもらいたいという思いが、J-LAFという団体の設立につながったそうだ。

三戸さんをはじめJ-LAFに参加している作家の中には、海外で活躍するカリグラファーを日本に招いてワークショップを開催したり、海外のワークショップにも出かけ交流を持っている方が多いことは知っていた。この展覧会も、もともとベルギーで開催された日本人作家によるカリグラフィー展が現地で好評だったことがきっかけになったそうで、公募形式という企画も加え、より発展した交流展として開催されたとのこと。海外との交流については、海外のカリグラファーからは学ぶことが多いそうだが、日本のカリグラフィー作品も海外では評価が高くなってきているそうで、独特のセンスや書道を取り入れたような作風が海外作家の刺激になっているそうだ。それを証明するように、今回の入選作家の中には多くの素晴らしいカリグラファーが存在し、海外でもプロとして活躍する方までいるそうで、層の厚い作家がいることを知ることができた。

オープニングパーティーにはたくさんの来場者があり、関心の高さがうかがえた。

グランプリ受賞者の橋口さんや入選者の白谷さん、深谷さんにもそれぞれ作品についてお話をお伺いした。グランプリ作品は童話作家のOscar Wildeの「The Nightingale and the Rose」を透明感のあるイタリックと挿絵で本にまとめられた作品。思わず息をのむような美しい作品で、やさしくて余白が美しい静的な印象の紙面だが、全ページに渡って綴られた一貫したスタイルは、芯が通っていて力強い印象を受けた。白谷さんはシェークスピアの言葉を題材にした躍動感あふれるカリグラフィーで、筆で描いたとは思えない線の流れが力強く、感情が真正面にぶつけられたような緊張感を感じた。深谷さんは、オルフェウスの悲劇を題材にしつつも重たいイメージにならないように心がけたそうで、誠実さと気品さがただようシンプルな構成によって、物語のはかなさを感じる素敵な作品だった。

皆さん作品の制作についてだけでなくテーマ内容の解説もしてくださり、内容あっての書体の選択とレイアウトであり、アートと聞くと感情の趣くままなのかと言えば決してそうではなく、デザインに近いアプローチのように思えた。お三方ともイギリスで研鑽を積まれ、橋口さんは現在もイギリスで、白谷さんと深谷さんは帰国しカリグラファーとして活動している。そして世代的にもほぼ同じで、同世代のカリグラファーがたくさんいるということはとてもうらやましい。

その他うれしかったのが海外招待作家の中にElmo Van Slingerland氏の作品を見つけたこと。氏はタイプデザイナーとしても活躍しており、Dutch Type Libraryから、DTL Dorianという書体を出している。海外で買ったカリグラフィーの作品集で偶然見つけ、氏がカリグラファーでもあったことを知った時はとても驚いた。DTL Dorianとはまったく違う奔放な書風と、勢いを出しながらも品のある作品がとても印象に残っていた。出展作品のうち、背筋の通り堂々としたローマンキャピタルにコンテンポラリーなスタイルを組み合わせた作品は、タイプデザイナーらしいというか、Dorianのデザインに通じるようなしっかりとしたプロポーションと線で書かれている。その横には同じ作家とは思えないような奔放な書風のものもあり、幅広い表現力を見ることができた。

左:左壁面に並ぶSlingerland氏の作品。三戸氏によるとSlingerland氏は間際まで作品が送られて来なかったそうだが、結局計10点も送ってくれたそうで、そのうちの6点を展示したとのこと。 Slingerland氏の作品は人気が高いそうだが、最近はデザイナーとしての活動が多く、カリグラファーとしての活動が以前よりも減ったそうで、これだけたくさんの作品が一度に見られることは滅多に無いそうだ。右:右壁面奥2点もSlingerland氏の作品。

日本のコンテンポラリーカリグラフィー、レターアートとしての活動を知ったのはここ数年のことだが、一つ一つの活動が次につながり徐々に大きくなっていることが分かり、しっかりと形を残しながら発展していると感じる。非営利団体として運営するご苦労もあるそうだが、これまでの地道な活動が実を結び、今回の展覧会によってレターアートの認知度がさらに高まるのではないかと思う。

普段パッケージデザインの仕事をする上で、カリグラフィーが活躍できる機会ををいつもうかがっている。商品によってはカリグラフィックなロゴは、フォントには出せないシズル感や品質感を演出できることがあり、クライアントの期待も大きいと感じるようになっている。パッケージデザイナーにも日本にもこれだけ多くのカリグラファーがいることを知っていただき、新たなつながりが生まれてカリグラフィーがデザイン分野でも活躍できるようになることも期待したい。

会期は2009年7月14日まで。お見逃しなく。

左:展覧会リーフレットとDM。Line and SpiritのカリグラフィーはYves Leterm氏。右:展覧会の図録。題字はグランプリ受賞者の橋口恵美子氏。

第55回ニューヨークタイプディレクターズクラブ展

水曜日, 6月 10th, 2009

14時32分丸ノ内線銀座駅。ダイヤモンドが落ちていないかと下を見ながらMOUBUSSINのポスター群を抜け、久しぶりに伊東屋に向かう。伊東屋での「ニューヨークタイプディレクターズクラブ展」は毎年恒例らしいが、見に来たのは今回が初めてだ。いつも気になるタイプフェイス部門はWeb上で確認していただけだったが、会期中に近くに来ることができたので立ち寄った。

左:会場となった銀座伊東屋本店。右:展覧会のDMと第55回ニューヨークタイプディレクターズクラブ展を特集した日本タイポグラフィ協会発行の「Typographics ti:」誌256号。

入選作品には、Alejandro Paul氏のカジュアルでありながら品のあるスクリプトAdios Scriptや、スリットのような大胆なカウンターが特徴のOndrej Jób氏のKilimax Boldといったユニークな書体に加え、幅広いキャラクタを備えたMark Jamra氏のExpo SerifやLinotype Libraryから発売されているAlex Rütten氏のGinkgoなどの本文用書体がリストアップされた。

ハワイ出身のBerton Hasebe氏をはじめ、オランダ王立美術アカデミー(Koninklijke Academie van Beeldende Kunsten Den Haag | KABK)TypeMediaコース出身の入選者が3人と、Reading大学出身のDan Raynolds氏など若い世代が多く入選している。ここ数年これらタイプデザインコース出身のデザイナーが、在学中に制作した書体の入選が相次いでいる。どちらのコースにも錚々たるタイプデザイナーが講師陣として名を連ね、それぞれ特徴を持ったカリキュラムが組まれている。年に一度は両校で交流もはかられているようだ。KABKではコース開始後にいきなりPythonのプログラミングの授業から始まるそうで、これはおそらくコースを率いるErik van Blokland氏やTal Leming氏など、タイプデザイナーでありながらスクリプトやツール制作も積極的にこなす講師陣の影響が大きいからかもしれない。今年KABKで行われたRobothon09でも、ここを出身した多くのタイプデザイナーが、Robofab、.ufoフォーマットベースのタイプツールなどを紹介し、プログラムとタイプデザインの関係を強く意識したクラスならではの人材を輩出していることが分かる。一方のReading大学も同様のカリキュラムはあるようだが、KABKではより深くツールを取り入れた授業をしているようだ。とても興味がわいている。

Readingのクラスは、TDC DAYのトピックでも触れたように、多言語の書体制作が特徴となっている。入選したDan Raynolds氏はLinotype社に属し書体を発表した後、Readingのコースに入り今回の受賞作を制作している。

今回入賞した書体のPDF見本帳をプリントしたもの。各デザイナーのサイトや販売ファウンドリーから入手できる。

同じ会場内で「2009日本タイポグラフィ年鑑受賞作品展」も開催されていた。大賞に選ばれたサントリーコーヒーザ・エスプレッソ「ボスの休日」は、BOSSのパイプは既にアイコンとなっていて、それがあるだけで製品に人格が備わっている感じがするおもしろいパッケージになっていた。

待ち時間120分の魅力。

金曜日, 6月 5th, 2009

13時45分JR上野駅。しとしと降る雨の中を国立博物館へ向かう。最近忙しくまたすっかり忘れていて、先日行った資生堂・サントリー展の帰りに気がついた『国宝 阿修羅展』。調べると会期は明後日までに迫り、慌てて今日に設定した。待ち時間も覚悟したとはいえ、行列は正門に迫り120分との掲示。行列のできる店には絶対行かない主義だが、最近の忙しさの反動で、待つという時間の無駄遣いもしてみたくなったので最後尾についた。ゆっくり降る雨は嫌いでなく、庭園の木々を見ながら自宅の庭の木と比べたりして時間をつぶすのも悪くは無い。

右:雨が降った方が人が少ないんじゃないかという考えは浅はか。傘で余計に身動きがとりにくく時間がかかる。後で知ったが、もうこの時点で日本美術の最高入場者数を更新していたらしい。

玉や金などの鎮壇具が展示された第一章に始まり、第二章では阿弥陀三尊像が素晴らしく、柔らかく上昇感のある曲線で表現された蓮の文様と、波打つ水をリズム感のある曲線で様式化された表現の蓮池が美しい。その奥には4体の龍が絡み合い、見事なシンメトリーのシルエットを作る「華原磬:かげんけい」を見て、八部衆、十大弟子の並ぶ大空間に移った。

十大弟子の微妙な表情の違いも面白いが、やはりそれぞれの様相に個性のある八部衆がおもしろい。幼顔で眉をひそめ、頭に蛇を載せた「沙羯羅:さから」は愛らしいく、顔が鳥になっている「迦楼羅:かるら」は、今にもくちばし横の肉垂れを揺らしながら首を振りそうだ。頭に象を載せやや上目遣いの「五部浄:ごぶじょう」は、胴体以下はほとんど欠損しているが、わずかに残った腕を見ながらどのようについていたかを想像するのも面白い。興福寺国宝館で狭いガラスケースに一列に並べられた様子とは全く違い、広い空間にそれぞれの専用の台が設けられ、柔らかい光線に包まれて、鎧に施された細かい文様まできれいに浮かび上がっている。大きな舞台に立っているせいか、どこか誇らしげにも見え、陳列される場所でこうも表情が変わるものかと思った。

そしていよいよ、八部衆の中の一体でありながら見事主役に抜擢された阿修羅像の展示室に移る。室内へ続く通路にまで係員の声が響き異様な空気が感じられたが、入って室内の混雑ぶりに驚いた。国宝仏像が展示される場合、像の向かいにデッキが設営されることが多いが、そこから見下ろすと、阿修羅像の周囲にもぎっしりと人が集まって、身動きが取れない状態になっている。押し合いへし合いしている人の中央に立たされている阿修羅像はあきらかに困惑気味だ。いや左の阿修羅は少し怒っている。右側は冷静を保とうとしているのか涼しい顔に見えるが、少し危険な状態にさえなりつつある展示台周辺の押すな押すなの状況に、絶妙なバランスで姿勢をとり続ける阿修羅像が滑稽に見えた。まさか自分が上野まで連れてこられてパンダになろうとは思っていなかっただろう。阿修羅だけは国宝館の静けさに早く戻りたいのかもしれない。

覚悟を決めてデッキを降りて阿修羅像の背後に回るが、祭りのようにもみくちゃにされながらの鑑賞は初めてだった。一体この人気は何なのだろう。三面六臂という異様な容姿でありながら、端正な顔つきに憂いの表情。華奢で現代でも通用しそうな草食系美少年が三人も揃っているのが魅力なのだろうか。細かい文様を見る間もなく、気になっていた後ろ二つの頭のつながり方だけ「ははーん」と思えるのがやっとで、押し出されるように展示室を出る。

興福寺には何度も行ったことがある。というより奈良公園付近での寺社見学の後は必ず興福寺に辿り着くので、ライトアップされた五重塔を見ると一日が終わった気がする場所だ。興福寺の仏像は南円堂、北円堂を含めほとんど見たことがあり、阿修羅像も国宝館に常設されているのを見た。今回の展示よりはるかに近寄って見られるものの、国宝館はその名にふさわしいとは思えない設備で薄暗く、ガラスケースに所狭しと仏像が並べられていて資料館の趣に近い。この展覧会では東京国立博物館お得意の美しいライティングに加え、設営方法も博物館ならではの工夫がされていて、仏像ファンにはたまらない背面鑑賞もできたのがよかったが、人の多さだけは何とかならないものか。早めの来館を心がけるしか無いか。

時々登場する文字に全く関係ない日本美術のトピック、いずれ別コーナーにまとめます。無理やり盛り込むのもなんですが、今回の展示キャプションにはタイトルにAXIS Font Basicが使われていた。花鳥文様など有機的なフォルムが特色な日本美術に、あえて明朝体ではなく無機質さのあるゴシック系書体を使うというのも、端正な顔立ちの阿修羅像を主役にした展覧会には合っているかもしれないと思った。

左:阿修羅像をはじめ、興福寺の仏像について特集された芸術新潮2009年3月号。右:展覧会の図録とポストカード。

トークショー『資生堂・サントリーの商品デザインを語る』

日曜日, 5月 31st, 2009

13時46分上野公園。雨の降り出しそうな中、東京芸大へ資生堂・サントリーの商品デザイン展、トークショーに向かう。

30分前には入ったのに大きめの講堂は既に満席となっていて、やむなく通路で立つことにした。東京芸大での開催とあって学生が多かったのかもしれないが、資生堂、サントリーが語る商品デザインというものが注目されていることがうかがえた。

この展覧会の発端の紹介から始まったトークショーは、両社の熱い思いが込められた充実した内容のもので、展覧会の経緯やデザインに対する取り組み、なかなか知ることができないインハウスデザイナーの実態や組織構成まで紹介され、予定された1時間半を遥かに超えて2時間以上にも及んだ。展覧会の準備は既に一年以上前から始まったそうで、展覧会のタイトル一つをとっても、どちらの社名が先か、パッケージデザインではなく商品デザインとした理由も紹介され、企画の全てにわたって綿密に議論されたそうだ。両社内の稟議の様子や、両者の思惑、展示商品の選定など、お互いが相手の出方をうかがいながらも、思わず笑ってしまう意地の張り合いのような話も飛び出し、企画の最中から熱い火花が散らされていたことが分かった。展覧会のタイトルには「vs.」という文字こそ書かれていないが、まさに「対決」と言っても良いような、異業態でありながらデザインに対する取り組みにおいてはライバル企業として互いに意識していることが感じられた。

もうひとつおもしろかったことは、関西と関東のぶつかり合いとも思えたこと。サントリーからは、関西出身の企業、商人であるという自負がうかがえ、「やってみなはれ」に代表されるように、関西弁の中に含まれる絶妙なニュアンスが会社の核となっているようにも感じられる。サントリーデザイン部長加藤氏が商品づくりの要素として話すように、おもしろさではなく「おもろさ」が活き活きと商品にデザインとして落とし込まれているし、このトークショーでさえ、エピソードそれぞれに何か一つ笑いを持ってこなければ気が済まないような「質:たち」「サービス精神」が会社の活力となっているようにも思えた。

一方資生堂は東京・銀座が発祥という品格やプライドのようなものが感じられ、そういった社風や精神が洗練された美意識やデザインに現れているように思えた。逆に言えば資生堂のその姿勢が、今の銀座のありようを作ったとも考えることができる。展示では、資生堂、サントリーが交互に並べられ、一見どちらのものか分からないほどデザインの共通項を感じるものもあるが、実は根底には異なる精神、社風が流れていて、そこには関西、関東というよりそれぞれの発祥の地、大阪、銀座が凝縮されているのかもしれない。

両社が違った気質を見せる中で、一つ大きな共通項と言えば、どちらの企業も西洋文化を日本に取り込み、生活に定着させ、文化にまで発展させ、さらにデザインにおいては「日本:JAPAN」を世界に発信している企業だと思うこと。デザインでのライバル意識がパッケージデザインにおいても日本を代表する企業にまでになった要因なのではないかと思う。

奇しくもどちらの企業も、書体についてもこだわりを持つ企業である。資生堂は資生堂書体を、サントリーはコーポレートフォントを持つ。資生堂は、パッケージに広告にと資生堂書体を用いて、ブランドイメージの構築に活用しているし、サントリーはコーポレートフォントがブランドツールとして会社外だけでなく会社内の意思統一や連携に貢献していると聞く。今回は商品デザインという切り口で行われた展覧会だったが、きっと両社とも「文字・ロゴ・書体」という切り口でもとても魅力的な発表ができる企業なのではないかと思う。

左:東京芸術大学美術館陳列館前。 右:展覧会リーフレット(裏面)と図録。誰が関わったかを明確にするためにデザイナーをクレジットした資生堂と、サントリーという企業を見てもらいたいということでクレジットしなかったサントリー。ここでも企業の姿勢が分かれる。10年ほど前にロゴでサントリー社に関わらせてもらったものが掲載されていた。長い歴史の中に一つでも関わることができたものがあるのはうれしい。

TDC DAY 2009

日曜日, 4月 5th, 2009

地下鉄丸ノ内線東高円寺駅12時22分。地下鉄の駅から女子美術大学杉並キャンパスまでは少し距離がある。開始に間に合うかと時計を見ながら急いで会場に向かった。

『TDC DAY 2009』と題されたデザインフォーラムは東京TDC賞の受賞者やゲストが自身の受賞作品や、近況について語るイベント。一番聞きたかったタイプデザイン賞の受賞者Emanuela Conidi(エマヌエラ・コニディ)氏は、昨年のFernando De Mello Vargas氏に引き続き、イギリスReading大学タイプデザインコース出身のデザイナーだった。Reading大学のタイプデザインコースは今年のNY TDCでもConidi氏の同級生であるDan Raynolds氏が入選し、多くの優秀な書体デザイナーを輩出する。TypeCon Seattleで知り合ったEben Sorkinさんが現在Reading大学で学んでいるが、彼のメールによると、ラテンアルファベットと、ノンラテンを同時に制作することが必須だそうで、それが幅広いアイデアと、ユニークなデザインが生み出される要因なのかもしれない。なかには日本語を選択しようとしている学生もいるらしくEbenさんから相談を持ちかけられたこともあったが、その後どうなっただろう。

左:gggで開催されたTDC展のフライヤー。右:フライヤー裏面に掲載されたタイプデザイン賞「Nabil」。

会場では学校の風景や制作の様子、スケッチ、書体見本を元に受賞作「Nabil」の解説が行われた。Nabilはラテンアルファベットとアラビックがペアになっている新聞用を想定して作られたフォントだそうだ。19世紀の本文用書体に影響を受けていて、ローマンは縦方向の印象が強く、しっかりとしたセリフと、高いコントラストを持ったデザインが特徴でイタリックはより尖ったフォルムが印象的で、インクトラップ(切り欠き)をローマンより大きく取り、それがデザインの特徴にもなっている。新聞用ということもあって、xハイトは大きく、アセンダ、ディセンダは短く設定され、キャップハイトはアセンダーよりもしっかり低く設定し、小さなサイズでもしっかりと大文字を拾うことができ、結果的にドイツ語などの大文字の頻度が高い言語でも読みやすいように設計されている。

アラビックでは、いろいろなスタイルを学びしながら、最終的にNaskhと言われるスタイルがヒントになったそうだ。Conidi氏はアラビア語は読めなかったそうだが、書く練習を重ねてペンの動きがどうなり、それがどのように文字の形に落とし込まれるかを研究して制作したと説明した。大学のアラビックの蔵書を参考にして、自分でペンを作って実際に書く練習をして、文字の形を学ぶことからはじめたそうで、時にはブリティッシュライブラリーやセントブライドライブラリーまで出かけ、コーランの写本やアラビックの書物を見て研究したそうだ。アラビックでは文字が単独で使われる場合と、先頭か、最後に来るかでも形が変わるため、一つ一つの変化を調べる必要があったそうだ。

また、もはやあたりまえとなったOpenType機能をフルに生かし、多言語に対応する発音記号(大文字用、小文字用を備える)、様々なリガチャやオルタネートキャラクタを備えて、幅広い組版に対応できるようになっている。

Reading大学サイトからダウンロードできる「Nabil」のPDF Specimen Bookをプリントしたもの。コンセプトから組見本までしっかり掲載され、TDC DAYのプレゼンテーションでもこの見本帳を基に紹介された。Readingのカリキュラムではこの書体制作以外に論文が必要となるそうだ。

その他、孫 浚良氏のユニークなプレゼンテーションや、 中村至男氏、 中村勇吾氏のW中村によるセッショントークなど、半日さまざまな文字に絡む話を楽しむことができた。

BRODY@ggg & Rocket

水曜日, 2月 11th, 2009

2月2日18時21分数寄屋橋交差点。Neville Brodyのトークショーを聞きにgggギャラリーに向かう。Neville Brodyと言うだけで年齢が分かるかもしれないというぐらい、学生時代は時の人だった。Fontographerで作った文字を駆使してグラフィックを生み出し、「フォント」という言葉をクローズアップさせ、間違いなく文字に興味を持つきっかけとなったうちの一人。

左:学生時代に買った『The Graphic Language of Neville Brody』。手頃な価格で手に入れることができた作品集。右:ggg主催のトークショーのフライヤー

想像していたよりも若い世代が集まった会場に入って来たBrody氏は、少し時の経過を感じさせるが、眼光の鋭い感じは健在。でも、「眠たくないか?寝てるんじゃないのか?」と聞いたり、しんと静まった会場で携帯電話が鳴ったかと思えば、陽気に「Hello?」と電話に応えてしまうユーモアでも観客をひきつけてくれる。

スライドで紹介される作品は、一瞬落ち着いた感じに見えたが、やはり文字の魅力や見せ方を熟知していて、大胆さがより洗練された感じがした。これまでのように要素にあえて動きをつけて生み出す躍動感とは違い、写真と文字との対比や、フォントウエイトのコントラストや文字のエレメントを大きく扱いビジュアルイメージとして展開するなど、ストレートな表現が多く見ることができた。Times紙のリニューアルプロジェクトなどは、強いロゴや見出しと明快なレイアウトで、それらの傾向が集約されたプロジェクトに思えてとてもおもしろかった。(なんと言っても読ませるための新聞という媒体にBrodyが取り組んだというのがうれしい!)

また、作品の中からは特にパッケージやエディトリアルといった作品を多く紹介し、AD&Dアニュアルに代表されるようなリアルなもの、手で触れることができる工夫、仕掛けを取り込んだ作品を、繰り返しphysicalというキーワードで説明していたのが印象的だった。ポスターをはじめとする平面作品が多い印象があったが、これまで平面の中で展開されていた立体的な表現が、徐々にパッケージやエディトリアルなど、リアルな世界に結実した感じがした。

後日、Rocketで行われていたNevil Brodyのギャラリー「Brody@Rocket」のにも出かけてみた。プレゼンテーションで紹介されたようなエディトリアルやパッケージの作品はなく、ポスター作品のみの構成となっていたのが少し残念だったが、これまでの作品を一覧できる展示となっていた。解説によれば、人気を博したがためにイギリスでは活動の場を失い、日本をはじめ海外での活動が主になったようだが、今回の滞在でも日本企業でプレゼンテーションが行われたようで、まだまだいろいろな活動が展開されそうな気配だ。

左:Brody@Rocket会場の表参道Rocket。2009年1月31日から2月10日までポスター展が行われた。右:Brody@Rocketのフライヤー。

関連:Typo Berlinでのプレゼンテーションの様子
Neville Brody – Where’s The Beef?

Neville Brody: role/play

(さらに…)

「世田谷で見かけた書体」展とトークイベント

日曜日, 1月 18th, 2009

 —タイプハンターは一瞬で文字を捕らえる。発達した嗅覚ならぬ「字覚」は街に潜む様々な文字を見逃さない。一度狙いを付けたら文字の裏の裏まで、果ては文字を掲げる店の中まで入り込み味わい尽くす。—

14時45分東急田園都市線三軒茶屋駅。「世田谷で見かけた書体」展と作者の竹下直幸さんのトークイベントを見るために、世田谷文化生活情報センター「生活工房」に向かう。書体デザイナーである竹下直幸さんは、ご自身の書体のみでなく、街で見かけた文字を書体名とともに一つ一つ解説したブログが注目された方だ。『街で見かけた書体』と題されたブログは、書体デザイナーとしての職業柄あらゆる書体に精通した竹下さんが、独自の視点で街角の文字を捉え、ユーモアのあるコメントが添えられた、更新をいつも楽しみにしていたブログだった。2006年の一年間限定だったブログが休止した以後も、引き続きいろいろな街に繰り出し見かけた書体を、雑誌やトークショーで紹介されている。今回、世田谷区に地域を限定し、その中で見かけた書体を展覧会としてまとめ、その活動の詳細をトークイベントで紹介してくださった。

この企画は、生活工房でキュレーションを努める長谷川さんが竹下さんのブログに注目し、生活工房のある世田谷区を取り上げて欲しいと打診をしたのが発端だそうだ。この企画のために、すでに昨年8月頃から取材は始まり、世田谷区をくまなく巡って撮影された相当数の写真から厳選され展覧会として構成された。併せて展覧会が始まる前の昨年末から、「世田谷で見かけた書体」と題してかつてのようにブログも展開されて、企画を盛り上げていた。

トークイベントは2部構成で、前半は、看板、商店街、道路、公共、鉄道といった分野に括って紹介され、後半は番外編として竹下さんが特に気になったものが紹介された。商店街の看板から、広告、標識、果ては地面に埋め込まれた「道界」と呼ばれるものまで、街に何気なく存在する書体も、竹下さんのフィルターにかかれば急に活き活きして見えてくる。竹下さんが特に注目したという街角に設置されている「消火器」に表記された文字についての話を聞くと、大げさなではなく、防災に対する行政の姿勢、取り組みまでが見えてくる気がした。

△左:竹下直幸氏。右:取材中に使われた世田谷区の地図を紹介する長谷川氏。酷使されボロボロになってしまったそうだ。

番外編では、より竹下さんならではの視点で気になったことが取り上げられ、特定のモノに注目したり、書体ではないロゴや、時には脱線して探索中に食べた世田谷のうまいものまでに話が及んだ。その脱線が独自の視点につながり、真正面に見ていては見えないことも浮き彫りになってしまう。事前の調査無く街を練り歩き、本能にまかせて文字を嗅ぎ付けるように行動する様子は、冒頭に書いたように、まさに文字を捕らえるハンターをイメージさせるのだ。看板が気になったお店は中に入って食事もしてしまうが、うまいものを紹介するだけでなく、看板の文字とその店の料理が関連づけられて、あーなるほどと思えてくる。文字を探し求めるだけでどんどん街の姿が見えてくるのがとても面白かった。

質疑応答で、世田谷という限定の地域を巡ることで、他の地域との違いや世田谷ならではの特徴がありましたかと質問してみたところ、そういう特徴が浮き出てくることを期待していたが、書体の使い方や傾向などは残念ながら特になかったそうだ。ただ、行政の看板の設置の仕方や表記には隣接する区で違いが見えたり、他の地域に住む人だからこそ気がつくこともあったという。

△左:展覧会場。右:展覧会DMとトークショーで配られた展覧会用特製チロルチョコ。世田谷区の道界がモチーフになっている。

この展覧会で世田谷を取り上げたことで、他の22区への展開を期待する声もあるそうだ。とはいえ、この世田谷を巡るだけでも相当な奮闘ぶりが伺え、さりげなく紹介してくださる裏には、決して「たまたま見かけた」ということでは収まらない行動力が想像でき、簡単にいろんなところでできるものではなさそうだ。他の22区もという期待は欲張り過ぎとして、またどこかの地域で竹下さんが見かけた書体を紹介していただける機会を楽しみにしたい。

展覧会は世田谷区三軒茶屋の世田谷文化生活情報センター 生活工房ギャラリーにて2009年2月1日まで開催されています。

関連記事:ICOCA with 竹

『対/組』というコンセプト。

水曜日, 11月 5th, 2008

なんじゃこれは?!もんじゃ焼きに文字など書いている場合ではなかった。

浅草から東京国立博物館「大琳派展」に向かった。展示室に入って思わず声を上げた。奇才ぶりを表現するには変な言葉しか出ない。ブツブツ言うのを隠すのにずっと口に手を当てて見入ってしまった。展示作品の多くはこれまでにもいろいろな展覧会で見たことがあったが、こうやって総覧できるとまた見方が変わる。前回の「対決-巨匠たちの日本美術」展でも俵屋宗達/尾形光琳の「風神雷神図屏風」を見たが、今回はさらに酒井抱一、鈴木其一まで加わった。それぞれの違いや特徴が比較して見ることが出来て面白いが、やっぱりこれを始めに描いちゃった俵屋宗達はすごいなと思うのであります。また、その後それぞれに我が道を極めて行って世界を作り出し、尾形光琳の「蔦図香包」や「三十六歌仙図屏風」はかっこいいし(紅白梅図屏風が見れなかったのは残念)、酒井抱一の「十二ヶ月花鳥図」はやっぱり素敵だった。

展示作品を通して目をひくのが「対/組」というコンセプト。対の屏風、軸や襖絵、扇の表裏、「風神雷神図」のみならずあらゆる作品に「対」という仕掛けがある。昔から「対/組」というものになぜか惹かれ、双子に憧れるし、仏像は「日光/月光菩薩像」や「仁王像」「四天王像」「十二神将像」などが好きだった。ピンでも素敵だが、全く性格の違うもの同士が、相方がいることでより際立ち「1+1=2」では言い表せないものが加わるように思えるからかもしれない。今回の一番、俵屋宗達の「京都・養源院の杉戸」はその絵が素晴らしかっただけでなく、表裏、阿吽、四組とくすぐるコンセプトが盛り込まれていた。

対をなさなくても良い。「俵屋宗達の絵に本阿弥光悦の書」というコラボレーションも素敵で、二人にどういったやり取りがあったのかなどを勝手に想像してしまうのも面白い。そういう想像が、文字でいえば、例えば「ローマンとイタリック」のようなコンビとしてお互いが引き立つ魅力って何だろう?ウエイトや字幅など直線的な変化ではないファミリーはどうだろう?という考えにおよぶ。アイデアをそぎ落とすべきとはわかっていても、つい、どうなるの?と考えを巡らせてくれるのだ。「対/組」という考え方は琳派だけのものではないのだろうし、歴史的な考察はがどうなのかわからないけど、「風神雷神図」の存在ってやっぱり大きいものだったんだろうかと思った。

風神と雷神を一つづつ隠して見てみた。お互い視線を合わせていないのに、相手の位置をしっかり把握しているように見えるのがおもしろかった。

△東京国立博物館 平成館

「生活と芸術—アーツ&クラフツ展」

木曜日, 10月 23rd, 2008

14時02分京阪三条駅前。午前中の打ち合わせを終えて京阪電車を乗り継ぎ京都へ。駅近くのそば屋で昼食をとり京都国立近代美術館へ向かう。

ウィリアム・モリスが結構好きだ。黒々としたGolden Typeももちろんいいのだが、壁紙や造本紙面などいいのである。通った大学がバウハウスやアーツ&クラフツ運動のような教育をそのままやっていて、切り紙や植物柄を延々と描かされたときは、なんでこんなことやらないかんのかといぶかしく思い、ウィリアム・モリス?ふん!なんて思っていたが、カリグラフィーやパッケージのデザインをやるようになって植物柄を描くことも多く、黒みが強くもバランスの良いコントラストに惹かれるようになった。壁紙の下絵やシルクスクリーンなどとてもきれいで、しばらく見入ってしまった。もちろんケルムスコットプレスの作品やその他にエドワード・ジョンストンのカリグラフィーまであっておもしろかった。

もうひとつおもしろかったのは、アーツ&クラフツ運動と日本の民芸運動を対にして展示してあったこと。二つの関係があるとはいえ、並列してみる機会が少なく、対に展示してあると新しい発見もあっておもしろい。芹沢銈介濱田庄司の作品展示を見ることが出来た。常設展に展示してあった芹沢銈介の着物もかわいい。

△:うれしがって買って来たグッズ。ウィーン工房のハガキとか、かっこいいんですよ。

この展覧会は来年東京でも開催されるようだが、やっぱり東京での開催と違って混み具合が違い、非常にゆっくりと、しかも一番前でガラスにへばりついて鑑賞できるのがうれしく、来てよかったなと思うのであります。