トークイベント『小塚昌彦 活字三代を語る』
土曜日, 7月 5th, 2008多くのベテランの中に、一人青年がちょっと顔をのぞかせるように映っているモノクロ写真が印象的だった。写真の中の若い小塚さんが、その後大きな仕事をいくつもこなされ、今、目の前で半世紀以上にわたる書体デザインの変遷について語っている。写真の中の小塚さんが、目の前で紹介される資料とともに徐々に現在に近づいてくるような感じがして不思議な気分になる。
金属活字、写植、デジタルと小塚昌彦さんが関わった活字三代にわたる仕事を、貴重な映像や資料を交えて紹介してくださり、文字の成り立ちから制作方法まで見ることができた。ベントン活字彫刻機など実際に稼働している様子を映像で見る機会はあまりなかったし、文字の墨入れの映像はスピードがとても速く(フィルムのスピードのせいではないと思う)手仕事の「技」を知った。時代を感じさせる写真を多く見ることができたせいか、時代背景と書体制作の移り変わりの関係が興味深い。国際貢献的な仕事もされる中、海外の紛争によって調査を中止しなければならなかった事業もあったそうで「タイポグラフィーは平和でないと育たない」という言葉が印象的だった。
左:三代のうち、デジタルの代表作Adobeの小塚ゴシックと小塚明朝。制作当時使ったという専用デザインツールで書体制作のデモンストレーションも行われた。右:会場となったCCAAアートプラザ(旧四谷第四小学校)
一代約20年、その一代の中にも細かく見れば少なくとも二代から四代含まれ、実は六代と言えるかもしれないと小塚さんは話された。代の移り変わりを体験することさえなかなかできるものではないのに、それを2回経験して三代にわたって、しかもその都度、適応するための新しい工夫に取り組まれたと思う。自分の約十五年を振り返てみる。学生時に手動の写植機を使って植字の実習したことはあったぐらいで、当時ちょっとした車が買えそうなくらいのMacintosh IIcxとLaser Writer, Fontographer3.1を使ってFont制作を始めた。就職する頃にはすでにMacが主役で、ごくたまにディスプレイ書体を写植で発注するくらい。「私は写植を経験しました」とは言いがたくずっとデジタル、しかもデスクトップで扱うことが中心だった。あと五年で約二十年経ってしまう。今後の変遷は物理的なものではなくてフォーマットの移り変わりになるのかもしれないし、表示媒体に影響を受けるかもしれない。世代が移り変わる時点で施された工夫を知ることが、今後の書体制作のヒントになりそうな気がする。変遷を知ることは大切だなと改めて思うのです。
「FontLab Studioややこしい!」とか日々ブツブツ言いながら作っているが、資料として拝見した大掛かりなものに比べると設備はとても恵まれていると思う。移り変わりを経験ことを気にする前に、こんな便利なツールを手にしておきながら20年経ってなんにもできてない方がもっと恥ずかしい。
朗文堂 新宿私塾特別公開講座 小さな勉強会『小塚昌彦 活字三代を語る』
字游工房 もじマガ 文字の巨人 小塚昌彦さん