Archive for the ‘Type Design’ Category

ATypI Dublin 2010 / Preface(1)

水曜日, 9月 8th, 2010

8日から12日までの5日間、ATypI Dublinへ向かうため朝の始発トラムで出発しアムステルダムのスキポール空港へ。2回目のタイプデザインコンファレンスで、ATypIへは初めてとなる。ヨーロッパ内での移動は初めて。少し緊張している。スキポール空港から格安航空のAirLingusを使ってアイルランド、ダブリン空港へ約一時間半。ここのサイン表示は、アイルランド語と英語の併記で、大きさに優劣は無くアイルランド語は白、英語はグリーンで表示されている。

左:スキポール空港のサイン。右:ダブリン空港のサイン。個性がハッキリしていておもしろい。

空港からシャトルバスで30分ほどで中心部に出る。下調べせずに来たのでついてからホテルへの行き方が分からず、案内所に良いって地図をもらい外に出て広げていると、おばあさんが近寄って来て道に迷ったのかと聞いて下さった。到着してすぐにやさしさに触れると少し安心する。Christ Churchにあるホテルにチェックインを済ませて、会場までバスかタクシーかで行こうかとも思ったが、街中を散策しながらいくのも良いと思い、歩いて行くことにした。 オランダに来てまだわずかだが、ハーグと比べると街の様子も違うように感じる。昨日はアムステルダムにも行ったが、ハーグはやはりまだ小さい街のようで、ダブリンの方が大きくて人も多くにぎやかだ。 会場は中心から15分ほど歩いたところにあるDublin Institute of Technology、通称DIT、ここで会期5日のうちの前半のPreFaceと言われるプログラムが行われる。例年前半は書体制作や技術に関するワークショップが多いが、今年からはややジャンルを広げデザインのプレゼンテーションも多く行われるようになった。また、TypeConと違ってATypIは複数のTrackがあり、同時にいくつかのプレゼンテーションが開催される。タイムテーブルを見ながら気になるプレゼンテーションをチェックし教室に向かう。

最初の二日の「Preface」の会場となったDublin Institute of Technology。

今年はWeb Fontに関するプレゼンテーションが多い。合計10本近くあるのではないだろうか。いくつかは見たが内容が同じものも多く、多言語書体の設計や、アイルランドのフォント事情などを優先してみるようにした。また、今回もフォント制作に関するプレゼンも多いが、これらはTypemediaの授業でも習うと思ってほとんどパスした。インドの書体や書体のレジビリティーに関するプレゼンテーションをチェック。途中のコーヒーブレークでTypeConで会った方と挨拶したり、隣の席になった方と話をしたりした。 ATypIは基本的に朝以外の食事がほとんどついていて、ランチは近くのホテルに用意されていた。会場でも隣り合った方々と話をすると思わぬ話が聞けたりする。いきなり書体デザインやタイポグラフィーの熱弁が始まったり(かなりざわついていて聞き取りにくいが)おもしろい。中には国連から多言語表記のパンフレットなどを編集するために言語のことや文字のことについて情報を聞きに、2年に一回は来ているという参加者もいた。最近はラテン文字圏だけでなく、アラブ圏やインドから来られる方も多い。

数々の講演が行われる。右はシアトルTypeConで知り合ったEben Sorkinさん。違うコンファレンスで久しぶりに再開してお話できるのも楽しみの一つかもしれない。

夜はパーティーが開かれて、親睦会が行われる。今年は日本から来られた方も何人か居て、小林さんをはじめ、筑波技術大学の劉先生、フォントワークスや、韓国のYuun Designなどから書体を出しているKOKINさんと合流して韓国料理店で夕食を共にした。アジアでもこういうイベントが開けないかとか、日本の書体事情をどのように海外の方に紹介するかなど皆さん熱い思いを語り合った。

Reading卒業生との交流。

月曜日, 9月 7th, 2009

14時10分西武池袋線石神井公園駅北口。イギリスReading大学でタイプデザインを学び、ノンラテン課題として日本語に取り組んだ卒業生が来日するというので待ち合わせた。

京都市立芸大学の後輩でイギリスLondon College of Printing(現London College of Communication)の
Typo/Graphic Studiesに留学経験のある木村君へ、留学時代の友人から、Reading大学を卒業したÉmilieさんと知人のグラフィックデザイナーのXavierさんが日本に旅行に行くので、その際にÉmilieさんがデザインした和文について意見が欲しいと連絡があったそうで、木村君から一緒に見て欲しいとお誘いを受けた。折角なら和文フォントをデザインしているタイプデザイナーから直接話していただいた方が良いと思い、Type Projectへ訪問させていただくことにした。先日字游工房から独立されたヨコカクの岡澤さんにも参加いただいて、ちょっとした交流会になれば良いと企画した。

以前のトピックでも少し触れたが、実はÉmilieさんのことは、シアトルTypeConでお会いしたEbenさんからも聞いていて、日本語のデザインをしているクラスメイトがいて相談に乗って欲しいと聞いていた。その後連絡が無いなと思っていたが、日本に来るということを木村君から聞いて驚いた。Émilieさんの進捗が良く無く連絡できなかったそうだが、メールでのやりとりになるかと思っていたので、直接会って話ができたのはとてもうれしい。

いつも海外からゲストが来たときは初めはどうなることかと心配するが、文字の共通点があればすぐにその話で盛り上がる。Type Projectが起ち上げた都市フォント(cityfont.com)プロジェクトのことや、Driver’s Fontプロジェクトについて見てもらい、Émilieさんからはヨーロッパでの文字のトレンドやタイプデザイン界の状況、Reading大学のカリキュラムなどを聞いて文字についての情報交換をした。やっぱりこちらで感じることと実際にそこで暮らす人の感覚は違い、いろいろと面白い話を聞くことができた。

そしていよいよÉmilieさんが取り組んだ書体について話していただく。ÉmilieさんのColineという書体は、フランスでは一般的なポケットブックという大きさの書籍(新書サイズぐらい)の本文用として制作された。ポケットサイズに使われる書体にはバリエーションが無く、クオリティの低さに不満を持っていたようで、課題として取り組んだそうだ。

左:Émilieさん(左)が持参した見本帳を見ながらいろいろと質疑応答。右:だんだん熱が入ってくる。

文字一つ一つを大きく拡大するとラフな感じに見えるが、本文として組むとラフな印象が手書きのようなランダムさを演出するのにうまく働いて、レタースペースは心地よく柔らかな印象に見える。ストロークも大胆なせいか、小さいサイズでもわりとはっきりと見えた。フォントのファミリー構成も太さや字幅の直線的なファミリー構成だけでなく、目的に応じていろいろと選べる異なるスタイルを同じファミリーとしたことなど、コンセプトもしっかりと練られて制作されていた。

このフォントに合う和文(かな)に挑戦しているというÉmilieさん。まだキャラクタ全ては揃っていないが、現段階でできているデザインについていろいろと質問があった。かなは筆順から来る形状が漢字に比べて強く残っていることや、字幅のことなどを実際に書き込みながら解説してやりとりをする。

左:直接見本帳に書き込んで説明するÉmilieさん。右:最後に記念撮影。左からXavier Antinさん、Émilie Rigaudさん、木村さん、タイププロジェクト鈴木さん、タイププロジェクト両見さん、ヨコカク岡澤さん。

イメージを合わせるにはどうするかなどの質問もあったが、Colineはカーシブスタイルが強く残る書体でもあるし、かなも脈略をうまく使えばイメージを合わせやすいのではないかと思った。日本の書体で本文用としてこういうスタイルは無いし、整えていくデザインが多い中で、あえて、ラフな印象を残しているというのは新鮮なアイデアになりそうで興味深かった。引き続き残りのキャラクタなどを制作を続け、販売することを計画しているそうだ。

わずか3時間ほどの滞在だったが、楽しんでいただけたようでなによりだった。日本語に取り組む海外のタイプデザイナーと言えば、モリサワ賞でも受賞したJoachim Muller-Lance氏のことが浮かぶが、今後も日本語に取り組む海外のデザイナーも増えてくるかもしれない。ネイティブではない言語に取り組む難しさはとても良く理解できるし、日本にまで来て意見を聞こうとする姿勢に何より刺激を受けた。次はこちらがイギリスかÉmilieさんの母国フランスに行かせてもらおうかな。

Émilieさんが制作したColineの見本帳。PDF版がReading大学のタイプデザインコースのサイトよりダウンロードできます。

第21回出版UD研究会「書体の作り方・選び方」

土曜日, 7月 25th, 2009

頂きに雪をたたえる鳥海山(ちょうかいざん)と麓に広がる田園風景。米どころ山形の写真から講演会は始まった。アカデミー賞で話題となった「おくりびと」の舞台にもなったそうだ。そんな美しい風景が広がりまだまだ自然が豊かな所で鳥海さんは育った。多摩美術大学在学中に訪問した毎日新聞社で書体を制作していた小塚昌彦さんに、「文字は日本人にとって水であり米であり」という言葉を聞いて文字を作る仕事に就こうと決めた鳥海さん。水と米が豊かな鳥海山の麓で育った鳥海さんにとって、この言葉はとても響いたのかもしれない。

左:会場となった東京・高田馬場にある日本点字図書館。右:大きなプロジェクターを使って説明する鳥海氏。60名以上の参加者が集まった。

第21回出版UD研究会は「書体の作り方・選び方」と題され、有限会社字游工房社長で書体設計士の鳥海修氏を講師に迎え、書籍や印刷物に使う書体を見分けたり、選ぶためのてがかりについて語るというもの。前半は日本の文字表記の特徴に始まり、中国、日本の4000年の文字の歴史を駆け足で巡って文字の成り立ちを学んだ後、「本文書体についてのややこしいはなし」として本文用書体の見分け方や、書体の選択方法についての解説がなされた。

明治以降、書物を通して自然に読ませ伝えて来た本文書体の存在は、文化の礎になっていると思うと語る鳥海さん。書体の中でも本文書体は一番重要なもので、なるべく長く使われる良いものを作っていきたいと話す。そして書体には品格があるときっぱりと言う。以前の講演会で写研の石井明朝で9割近い人が品格を感じるとしたことを例にとり、それだけの人が感じるということは品格があるということで、書体を作る際にはそう言うことも考えなければいけないと話した。最近発表が相次ぐUD書体についても、実際の使用例を紹介しながら、その書体がふさわしい場面かを使う側が考えることも重要で、UD書体だからといって踊らされること無く使って欲しいと思うと話された。

書体の見極め方となるポイントを、書体を比較しながら提示したというのは大きいと思う。漢字の画数の多少で現れる黒みの問題など、言われないと気がつかないようなことにも、字游工房でデザインされた書体は調整されていて、本文用書体ならではの細やかな配慮がなされたデザインとなっている。一見みんな同じように思える明朝体も、並べてみるとその違いはよくわかった。プロジェクターでの例示のように、本文用書体は大きな面積で組んでみることも重要で、市販されている総合見本帳の面積では気がつかないことも多いのではないかと感じた。

休憩を挟んでの後半は、つい先日発表になった鳥海さんがデザインをした株式会社キャップスオリジナル仮名書体プロジェクト「文麗(ぶんれい)」「蒼穹(そうきゅう)」についてと書体制作実演だった。

このプロジェクトはキャップス社より依頼を受け始まった。文麗仮名は文学書、とくに近代文学などを想定して作られ、蒼穹仮名は外国文学など翻訳書などに適するように、頻出するカタカナにこだわりを持って作った書体だそうだ。今までに無いようなやり方で作ったというこの書体は、制作にあたり夏目漱石の「こころ」を何十年ぶりかに読んでイメージを膨らませたそうで、一つ一つの文字を丁寧に読ませたいという思いが強くなり、思いやりを持ったデザインをしたいと取り組んだそうだ。

まず2cmの大きさに鉛筆で骨格を描き、筆の動きをイメージしながら筆で一発で下図を制作した。筆で一発で描いたことで、鉛筆による下書きでは出しにくい、ひらがな特有の筆の動きがうまく得られたようだ。

左:20mmの大きさに描かれた下図。右:その後48mmに拡大して修正された下図。これをスキャンしてデジタル化する。

文字の下図を書いている時は「自分は天才かと思った。」「こんな『か』は俺しか描けない。」と思うほど、どんどんとうまく書けていたのに、いざデジタルに落とし込んで組んでみると「だめなんですよねぇ」とがっかりしたという。組みながら修正を繰り返し8回目の試作でようやく形がまとまってきたそうで、最終的には13回もの修正を繰り返えして完成させたらしい。自分ではとてもうまく書けたと思った「か」は、最終形では一番初期のものから変わってしまったそうで、「あまりに筆で描いたもののようにリアルすぎた」ことが「活字として見た時の感じが出てない」ということだった。このあたりが、活字としてのデザインのキモなのかもしれないと思えた。

そして最後にいよいよ今回制作された文麗仮名の下図に墨入れ作業を実演して下さった。

文字の墨入れ実演。事前に用意しておいた鉛筆の下書きに、小さな溝引き定規と筆で墨入れしていく。直線がほとんどない仮名では、描く場所が常に正面に来るように、紙を送るようにクルクルと回しながら少しづつ描いていく。これは写研でのスタイルだそうで、鳥海さんは逆に直線を溝引きするのが難しいそうだ。ちなみに筆は金華堂品印で「皆さんのお給料ではちょっと買えない…。800円くらいかな(笑)」だそうで「溝引きは鳥海さんの授業を受ける学生はもらえる」らしい。欲しい!

左:溝引き。曲線しかない仮名を見事に5〜6分ほどで描く。描く最中も参加者からの質問に答えながら作業していて、「(林家)正楽さんの紙切りみたいに寄席でお題をもらって文字を書いてみようかな」だって。右:外形線を描いた後、中を塗りつぶして行く。映像を撮影したが、手ぶれが激しく、お見せできるものにならなかった。残念。字游工房社サイトにきれいに撮影された動画がアップされています。

前後半併せて2時間半ビッチリとメッセージの詰まった講演会だった。作り手としてのデザインの取り組み方を聞くことができたのと同時に、使い手の目の重要性も気づかされる話がたくさんあった。カタチだけにとらわれやすい書体選びも、字間や大きさなども大きな要素で、使い方一つで見やすくもなり見づらくもなる。UD書体を使えば自然と見やすくなるのではなく、常に見極める力が大切だなと感じた講演会だった。


左上:キャップス オリジナル仮名書体見本帳表紙。表紙デザインは平野甲賀氏。右上:文麗仮名。下図段階であった「あ」上部の筆脈は最終段階ではなくなっている。左下:文麗。右下:蒼穹。いずれも漢字は文字セットの関係から筑紫明朝Lと組合わせることを想定されている。

早速帰りに「おくりびと」をレンタルして見てみた。講演で紹介されていたように雪をたたえた美しい鳥海山と麓に広がる水田で餌を探す白鳥。故郷に戻った主人公とともに東京から越して来た妻が「お水が違うせいか、ご飯もおいしく炊ける」と言う。おいしい水とおいしい米。そして美しい風景。ここで育った鳥海さんは、このおいしい米や美しい風景に接してたことが、あの表情豊かに映る文字を生み出すことに影響しているのだろうか。今度お会いしたら伺ってみたい。

鳥海氏関連記事:洛北文字講義
字游工房関連記事:文字モジトークショー01「片岡朗×岡澤慶秀」

第55回ニューヨークタイプディレクターズクラブ展

水曜日, 6月 10th, 2009

14時32分丸ノ内線銀座駅。ダイヤモンドが落ちていないかと下を見ながらMOUBUSSINのポスター群を抜け、久しぶりに伊東屋に向かう。伊東屋での「ニューヨークタイプディレクターズクラブ展」は毎年恒例らしいが、見に来たのは今回が初めてだ。いつも気になるタイプフェイス部門はWeb上で確認していただけだったが、会期中に近くに来ることができたので立ち寄った。

左:会場となった銀座伊東屋本店。右:展覧会のDMと第55回ニューヨークタイプディレクターズクラブ展を特集した日本タイポグラフィ協会発行の「Typographics ti:」誌256号。

入選作品には、Alejandro Paul氏のカジュアルでありながら品のあるスクリプトAdios Scriptや、スリットのような大胆なカウンターが特徴のOndrej Jób氏のKilimax Boldといったユニークな書体に加え、幅広いキャラクタを備えたMark Jamra氏のExpo SerifやLinotype Libraryから発売されているAlex Rütten氏のGinkgoなどの本文用書体がリストアップされた。

ハワイ出身のBerton Hasebe氏をはじめ、オランダ王立美術アカデミー(Koninklijke Academie van Beeldende Kunsten Den Haag | KABK)TypeMediaコース出身の入選者が3人と、Reading大学出身のDan Raynolds氏など若い世代が多く入選している。ここ数年これらタイプデザインコース出身のデザイナーが、在学中に制作した書体の入選が相次いでいる。どちらのコースにも錚々たるタイプデザイナーが講師陣として名を連ね、それぞれ特徴を持ったカリキュラムが組まれている。年に一度は両校で交流もはかられているようだ。KABKではコース開始後にいきなりPythonのプログラミングの授業から始まるそうで、これはおそらくコースを率いるErik van Blokland氏やTal Leming氏など、タイプデザイナーでありながらスクリプトやツール制作も積極的にこなす講師陣の影響が大きいからかもしれない。今年KABKで行われたRobothon09でも、ここを出身した多くのタイプデザイナーが、Robofab、.ufoフォーマットベースのタイプツールなどを紹介し、プログラムとタイプデザインの関係を強く意識したクラスならではの人材を輩出していることが分かる。一方のReading大学も同様のカリキュラムはあるようだが、KABKではより深くツールを取り入れた授業をしているようだ。とても興味がわいている。

Readingのクラスは、TDC DAYのトピックでも触れたように、多言語の書体制作が特徴となっている。入選したDan Raynolds氏はLinotype社に属し書体を発表した後、Readingのコースに入り今回の受賞作を制作している。

今回入賞した書体のPDF見本帳をプリントしたもの。各デザイナーのサイトや販売ファウンドリーから入手できる。

同じ会場内で「2009日本タイポグラフィ年鑑受賞作品展」も開催されていた。大賞に選ばれたサントリーコーヒーザ・エスプレッソ「ボスの休日」は、BOSSのパイプは既にアイコンとなっていて、それがあるだけで製品に人格が備わっている感じがするおもしろいパッケージになっていた。

TDC DAY 2009

日曜日, 4月 5th, 2009

地下鉄丸ノ内線東高円寺駅12時22分。地下鉄の駅から女子美術大学杉並キャンパスまでは少し距離がある。開始に間に合うかと時計を見ながら急いで会場に向かった。

『TDC DAY 2009』と題されたデザインフォーラムは東京TDC賞の受賞者やゲストが自身の受賞作品や、近況について語るイベント。一番聞きたかったタイプデザイン賞の受賞者Emanuela Conidi(エマヌエラ・コニディ)氏は、昨年のFernando De Mello Vargas氏に引き続き、イギリスReading大学タイプデザインコース出身のデザイナーだった。Reading大学のタイプデザインコースは今年のNY TDCでもConidi氏の同級生であるDan Raynolds氏が入選し、多くの優秀な書体デザイナーを輩出する。TypeCon Seattleで知り合ったEben Sorkinさんが現在Reading大学で学んでいるが、彼のメールによると、ラテンアルファベットと、ノンラテンを同時に制作することが必須だそうで、それが幅広いアイデアと、ユニークなデザインが生み出される要因なのかもしれない。なかには日本語を選択しようとしている学生もいるらしくEbenさんから相談を持ちかけられたこともあったが、その後どうなっただろう。

左:gggで開催されたTDC展のフライヤー。右:フライヤー裏面に掲載されたタイプデザイン賞「Nabil」。

会場では学校の風景や制作の様子、スケッチ、書体見本を元に受賞作「Nabil」の解説が行われた。Nabilはラテンアルファベットとアラビックがペアになっている新聞用を想定して作られたフォントだそうだ。19世紀の本文用書体に影響を受けていて、ローマンは縦方向の印象が強く、しっかりとしたセリフと、高いコントラストを持ったデザインが特徴でイタリックはより尖ったフォルムが印象的で、インクトラップ(切り欠き)をローマンより大きく取り、それがデザインの特徴にもなっている。新聞用ということもあって、xハイトは大きく、アセンダ、ディセンダは短く設定され、キャップハイトはアセンダーよりもしっかり低く設定し、小さなサイズでもしっかりと大文字を拾うことができ、結果的にドイツ語などの大文字の頻度が高い言語でも読みやすいように設計されている。

アラビックでは、いろいろなスタイルを学びしながら、最終的にNaskhと言われるスタイルがヒントになったそうだ。Conidi氏はアラビア語は読めなかったそうだが、書く練習を重ねてペンの動きがどうなり、それがどのように文字の形に落とし込まれるかを研究して制作したと説明した。大学のアラビックの蔵書を参考にして、自分でペンを作って実際に書く練習をして、文字の形を学ぶことからはじめたそうで、時にはブリティッシュライブラリーやセントブライドライブラリーまで出かけ、コーランの写本やアラビックの書物を見て研究したそうだ。アラビックでは文字が単独で使われる場合と、先頭か、最後に来るかでも形が変わるため、一つ一つの変化を調べる必要があったそうだ。

また、もはやあたりまえとなったOpenType機能をフルに生かし、多言語に対応する発音記号(大文字用、小文字用を備える)、様々なリガチャやオルタネートキャラクタを備えて、幅広い組版に対応できるようになっている。

Reading大学サイトからダウンロードできる「Nabil」のPDF Specimen Bookをプリントしたもの。コンセプトから組見本までしっかり掲載され、TDC DAYのプレゼンテーションでもこの見本帳を基に紹介された。Readingのカリキュラムではこの書体制作以外に論文が必要となるそうだ。

その他、孫 浚良氏のユニークなプレゼンテーションや、 中村至男氏、 中村勇吾氏のW中村によるセッショントークなど、半日さまざまな文字に絡む話を楽しむことができた。

書体デザインプロジェクト記事のご案内

月曜日, 12月 8th, 2008

11月1日発売のAXIS12月号vol.136に、Type Project参加時代に関わることができた書体デザインプロジェクトについての記事が掲載されています。ご興味のある方はご一読ください。

AXIS12月号vol.136:Topic 『ドライバーのための新書体』

関連:タイププロジェクト日記:ドライバーのための新書体

《追伸》
年内はこの投稿で最後となりそう。未だにテスト版としてなんとか走り続けているこのサイト、見切り発車もいいところだし、後半は投稿する時間を取る工夫もできなかった。来年こそちゃんとまとめられたらいいんだけど。そして来年も文字の話題が豊富でありますように!

お邪魔します。秀英体展示室

金曜日, 9月 12th, 2008

15時52分JR五反田駅西口。うっかり乗り過ごし、待ち合わせに遅れてしまった。おまけに地図も忘れてしまう。待ち合わせた方が持って来てくれた地図を片手に焦りながら向かうと、すぐにDNPと大きく書かれたビルが遠くに見えてきた。

大日本印刷秀英体開発室の伊藤さん、佐々木さんに、秀英体展示室を特別に案内していただく機会を得て、和文タイプデザイナーの竹下さん小澤さんとともにDNP五反田ビルにお伺いした。以前、市谷工場を見学させていただいたことはあるが、五反田ビルにお邪魔するのは初めてである。

受付ロビーから長いエスカレーターで吹き抜けを上がっていくと、左手に白が印象的な秀英体展示室がある。失礼ながら市谷工場とは趣が違い、ここはショールームそのものだ。手前のコーナーでは金属活字の組版をはじめ、過去から現在までの秀英体の貴重な使用例などが紹介され、奥の部屋では実際に秀英体の制作に用いられた原図や母型、特殊な金属活字などが展示されている。展示方法にも趣向が凝らされていておもしろい。

最初のブースでは金属活字、写植、デジタルと三世代にわたる秀英体を見ながら、展示内容を一つ一つ丁寧に説明していただいた。金属活字から写植へのデザイン変遷などは、解説が無いと気づかないこともたくさんあり興味が深まった。同行していただいたお二方からの専門的な質問にも丁寧に回答していただいて、やり取りを聞いているだけでとても楽しい。

展示の中には、秀英体の仮名の変遷を時系列にまとめたアーカイブがあり、それぞれのキャラクタごとに検索することもできた。例えば「い」などは、時代によって全く別の書体とも思える程の違いがあるように思えたが、伊藤さん曰く、形は違っていても文字の傾きや全体の持っているコンセプトは一貫していて、秀英体らしさは常に変わっていないのだそうだ。

そんな話をしながらも、現在進行中の書体改刻作業をするなかで、金属活字時代のものをなかなか超えられない、言葉でも説明できないものもあるという。金属活字特有の印刷の揺らぎによるものではないのかと尋ねても、決してそれだけではないそうだ。それは、単なる改刻にとどまらず、秀英体を受け継ぎながらも超えようとする挑戦からくる言葉のようにも聞こえた。金属活字、写植、デジタルと方式も異なり、媒体も紙からディスプレイへと移るなかで、どうしても削ぎ落とされてしまう部分も出てくるのではないかと思う。それでも、その時代の要求に応え常に超えようとする姿勢と、また新たなものを加わえていく柔軟さとが、100年以上も受け継がれてきた秘訣なのではないかと思えた。

最初のブースだけで2時間は話せると笑いながら言っていた伊藤さん。決して冗談でもないようで、見学者側の掘り下げが深かったこともあわさり、結局最後は閉館時間いっぱいまでになってしまった。きっとまだまだ、少々の時間では語り尽くせない内容があったにちがいない。

展示室見学終了後も、引き続き現在改刻中の秀英体についてのお話を伺った。多くの秀英体ファンがもつイメージを損ねること無く、新しい平成の秀英体を生み出す作業がいかに大変なことであるかが、いくつも重ねたバージョンの資料からも伺えた。今回一番楽しみにしていた和欧の混植見本も見せていただき、さまざまなバージョンが作られて和文と欧文のマッチングの検討が行われていた。予定されているファミリーは新書体も含め優に10を超えるそうで、平成の大改刻と銘打つにふさわしい一大事業になっている。

△左:探せば見つかる秀英体。パッケージにも用いられている秀英初号明朝使用例を教えていただいた。脈絡がしっかりと付いたかなは意外と少なく、和の演出やシズル感を増したいパッケージにも重宝しそうだ。右:平成の大改刻を案内するリーフレット。かわいいキャラクタ「活じい」と「トンボちゃん」が案内してくれる。

3年前に市谷工場で金属活字や母型、ベントン彫刻機のテンプレートなどを見せていただく機会があった。役目を終え今は使われることが無くなった各作業室は、作業時の状況がほとんど残されていた。今にも職人さんが戻ってきそうなのにもかかわらず、時間は止まってしまったような不思議な感じがした。しかし今回秀英体展示室を見せていただいて、秀英体は決してその時に止まってしまっていたのではなく、開発の場所を五反田に変えて更なる進化をしていたことがわかった。

この見学で、これまであまり馴染みが無かった秀英体にぐっと近づけた気がした。脈絡の強く残った仮名はとても新鮮だし、堂々とした初号の漢字など、他の書体には無い魅力もたくさん詰まっている。現在デジタルとして発売されている多くの書体も、ルーツをたどれば秀英体に行き着くものも多いそうで、秀英体の発売はいよいよ待ちに待った真打の登場というところなのかもしれない。「待ってました!」と言える日を心待ちにしている。

△:Adobe-Japan1-5のキャラクタが一覧できる秀英体細明朝のポスター。佐々木さんのオススメはトイレに貼って毎日眺めることができるようにしておくことだそうだ。Adobe-Japan4、5あたりのなじみの少ないキャラクタも一発で把握できる。(このポスターは先の講演会に参加したおりに、くじ引きでポスターを当てた方からいただいたものです。J社のIさんありがとう!)

オススメ:
文字は語る—デザインの前に耳を傾けるべきこと』株式会社ワークスコーポレーション

「作り手は考える」に大日本印刷秀英体開発室があります。

10分=600秒

火曜日, 6月 17th, 2008

あれよという間にTypeCon Buffalo開催までいつの間にか一ヶ月を切り、時間とは経つのが早いなと感じる。今年は去年より開催が二週間程早く、余計にそう思うのかもしれない。あいにく今年はTypeConには行けそうになく、さてどうしようかと気持ちだけがフワフワしている。

TypeConブログには今年のType Critiqueの要項が案内されている。昨年同様Matthew Carterさん、John Downerさん、小林章さんの三氏を迎えて行われます。受付方法がこれまでより若干変更され、まずは初めての人を優先しようということのようで、席が空いていればこれまで参加したことのある人も登録できるようです。「また行って修正を見てもらおうと企んでることがバレたか?」と思いつつ、今年は行けそうに無いのでもう心配しなくていいか…。

その他の要項はこれまで通り、

・持ち時間10分
・1書体のみ(ファミリーでの提出はダメ)
・プリントアウトしたものを提出(ノートパソコンなどでのプレゼンはダメ)
・もちろん英語で質疑応答。(小林さんが居るから日本語で大丈夫という訳にいきません。John Downerさんに「ちゃんと英語でやってくれよ」とクギを刺されます。)

昨年は、こういうルールを知らないまま行ってしまい、ロビーに貼ってあった要項を見て慌てて前の晩にホテルで編集し直した。英語は片言英語だった上、緊張してほとんど喋れませんでした。批評してくださるお三方用にプレゼン用のシートは3部あった方がいいかもしれません。枠は10席しか無いので早めに応募名簿を見つけて名前を書き込みましょう。

10分と聞いて短いと思っていたが600秒と思えば長く感じる。終わった後で今までで一番貴重な10分だったかもしれないと思った。

関連記事:
TypeCon 2007 Typecrit video

秀英体の前途を祝して

土曜日, 6月 14th, 2008

こういう映像を見るだけで、ちょっと血液の動きが強くなるのがわかるのが不思議。秀英体のページではなく会社のニュースページで見つけた。

大日本印刷株式会社 『仕事の達人 DNPユニプロセス 高橋耕一』

3年程前に市谷の工場を見学させていただけるチャンスがあった。役割を終えた金属活字の鋳造、組版の部屋を見学し、次から次へと受け継がれた歴史を一気に振り返った。今、デジタルフォントとして新たに歩みだしている「秀英体」。平成の大改刻をとても楽しみにしている。今日は裏方として支えているある方の特別な日。祝福に添えて秀英体のことを記しておきます。

大日本印刷株式会社 秀英体

関連記事:タイププロジェクト日記より
DNP 市谷工場

中国書体デザイン

木曜日, 6月 12th, 2008

昨年小林章さんが審査員として加わった中国書体メーカーの書体デザインコンペの結果を見つけた。小林さんの日記で紹介され、中国の書体デザインのレベルが上がっていくのではないかとのコメントを読んで気になっていた。

方正字庫 字体大赛
審査の模様

中国語は読めないので英語での概説。
The 4TH “Founder Award” Competition on Chinese font Design and Poster Design

2値ではなく多値のデザインがあることに驚かされたが、グレートーンをデザインに取り込んでいて墨絵を思わせる書体もある。アウトラインデジタルフォントを考えれば2値で制作するのが常識なのかもしれないが、それが自由度を狭めている可能性もある。画面表示やFlashでの表示を考えると2値にとらわれすぎるのもナンセンスなのかもしれない。筆画のぶれやにじみなど、静止しているのに動きや時間を感じるものもあって、アウトラインフォントの枠を超えた可能性を感じさせられた。確かにBitFonterなどを利用すればグレースケールやカラーで表現することも可能でおもしろそうだ。

過去三回の(と思われる)結果も掲載されていた。

いつも和文を見ると欧文のデザインをするならどうするかということを考えるので、バラエティーに富んだ書体を見ると、いろいろと手を動かしてみたくなる。

お隣の国なのにあまり知らない中国や韓国の書体事情。今Arabicはとても注目されている。CJKV(Chinese-Japanese-Korean-Vietnamese)も、話題を提供していけるようにしたいと思う。

韓国と中国の文字に関する記事。
誠文堂新光社
アイデア 307に「ハングル書体デザインの現状」
アイデア 327に「現代中国の書籍設計」「[論文]中国におけるグラフィックデザインとタイポグラフィの歴史的発展に関する研究 1805-1949 文:孫明遠」